人生/生き方「迷わない指針」

■人生や生き方に迷うとき/迷った時/わからない/悩む/人間関係で悩まない方法とは/どう生きるか/ハッピーな毎日


人生/生き方「迷わない指針」


バス子「はぁ。バス男さんは、どうすれば良いと思う?人生の生き方に、迷うなぁ。」

バス男「バス子ちゃ~ん。僕も悩みで頭がいっぱいで・・。」

バス子「仙人に【人生/生き方「迷わない指針」】を聞いてみようかしら?」

バス男「仙人様の【人生/生き方「迷わない指針」】かぁ・・」







~楽しい幸せな人生を生きる指針とは?~

1.人生/生き方「迷わない指針」

①ネットで調べてみる

■「ほうほう。ガニ股と内股に関することは、万人に共通する基本ではないのか。なるほど~。」

最近、ゴルフに取り組み始めていた私は、ゴルフスイングの時に、内股気味になる自分の癖が気になり、ネットで調べてみたのでした。
すると、人によって違いがあるため、{ガニ股気味にすべき!or内側に絞るべき!}とは、一概には言えないようなのでした。


「ふ~む。では、やはりAさんの態度は、素晴らしかったのかもしれないな~。」
パソコンから顔を上げ・・。
ゴルフの上手なAさんから指導を受けた日のことを、思い返したのでした。



②個性の違いを認める ~人生/生き方「迷わない指針」~
■Aさんは、ゴルフ初心者の私に対して、優しく丁寧に、指導をして下さるのでした。

その指導の最中。

Aさん→「名無き君のゴルフスイングも、だいぶ良くなってきたね。」

→「本当?やったー♪」

Aさん→「でも、その内股が気になるなぁ。個人的には、とても気になる。さっきから、そればかりが目につく。」

→「えぇ!?内股気味になると、駄目なんですか?」

私は、内股気味にしてスイングを行ったほうが上手くボールが飛ぶため、若干内股気味で構えるようにしていたのでした。
内心{Aさんから「内股は駄目!修正しなさい!」と言われれば、嫌だけど従うしかないよな~}とも思いつつ、Aさんの言葉を待っていると・・

Aさん→「うーん。・・・でも、<内股気味になるのは絶対に駄目!>と書かれてあるゴルフ本を見たことがないから、、、個性の範囲なのかもしれないね。そうすることで、上手くいくなら、それで良いんじゃない?(^_^)」


Aさんから、そう言ってもらえた私は、とても嬉しく感じたのでした。
それは、{内股気味になる癖を、修正しなくてすんだから}ではなく、Aさんから「個性の範囲」と‘認めてもらえた’嬉しさだったのでした。

個人的には、メンドウではありますが、内股気味になる癖が、絶対的に悪いのであれば修正しよう!という覚悟があったのでした。
そのため、内股気味になる癖を、修正しなくてすんだから、嬉しく感じたのではなかったのです。

私は、Aさんから、自分の癖を「個性の範囲」と{認めてもらえた/肯定してもらえた}ということが、嬉しかったのでした。

と、同時に。
漠然と・・では、ありますが、Aさんに対する尊敬の念を感じたのでした。



「あの時、感じた尊敬の念は、Aさんの人間性/人格の素晴らしさに対する、尊敬の念だったのかもしれないな。」
今にして思えば、Aさんは、ゴルフに関する多くの本を読んでわかった、どのプロゴルファーも行っている、普遍的な、絶対に重要となる{ゴルフスイングの原理/原則}を基準に、私を指導してくれていたようでした。
だから、私の内股気味になる癖を{個性の範囲}として、認め受け入れて下さったようでした。

Aさん自身は、ガニ股気味で、ゴルフスイングを行われていました。
きっとAさんとしては、ガニ股気味でゴルフスイングを行った方が、上手く打てるからなのでしょう。

それでもAさんは、自分の基準としては{内股}は受け入れがたかったようなのですが、その自分基準よりも、普遍的な{ゴルフスイングの原理/原則}を大切にし・・・だからこそ、私の{内股}を「個性の範囲」と認めて下さったようでした。
ただ、私の手打ち癖は「もっと上手くなりたいのであれば・・だけど、({ゴルフスイングの原理/原則}からズレているから)手打ち癖は、修正していった方が良いかもしれないね」と言われてしまいましたΣ( ̄ロ ̄lll) ガビーン



・・人間性/人格が未熟である私は、他人の個性や多様性を認める度量がないばかりか、「自分は自分は自分は自分は!」と、過剰に自己中心的であるため、自覚こそないものの「自分こそ正しいんだ!」と思い込んでおり、そのため自分基準で他人を裁き、自分基準に合わない他人を「あの人は間違っている!」と非難/批判し、自分基準を、他人に押し付けてばかりなのでした。


高校野球時代。
練習中に、自分的には発見があったのでした。
「右足を内側に絞れば、打球が飛ぶんだ!」

私としては、右足を、少し極端なほど内側に絞ることによって、打球が飛ぶようになったのでした。

高校生であった私は、その{右足を内側に絞れば打球が飛ぶ}を絶対的に正しいこと!と信じ込み、その理論を後輩に押し付けようとしたのでした。個人的には、「良かれ!」と思って・・です。
野球部の上下関係は絶対であるため、後輩は私の指導に従い、フォームを変えて打ち始めました。
しかし、その時の後輩の{嫌々従っている感じ}と{沈んだ表情}は、とても印象に残ったのでした。

また、後輩の打球は、そうフォームを変えても、改善はされなかったのでした。
つまり{右足を内側に絞れば打球が飛ぶ}は、{私にとっては、有効な方法}であって、万人にとって絶対的な、どのプロ野球選手も行っている、普遍的な{野球スイングの原理/原則}ではなかったわけです。

私は子供ながらに「あぁ、人によって違うんだ!自分的には良くても、それが他人にとっても、良い!とは、限らないんだ。」と、ものすごく反省したのでした。
ものすごく反省しただけに、未だに、あの時のことは、よく覚えているのです。



高校生の頃に、「あぁ、人によって違うんだ!自分的には良くても、それが他人にとっても、良い!とは、限らないんだ。」と教訓を強く学んだにも関わらず。

私はその後も、自分基準を元に他者を見て・・
自分の基準からズレている!と感じる他者を、「間違っている!」と判断し、その他者に自分基準を押し付けようとしてしまうのでした。未だに、多分にその傾向があるのです。



②繁栄原則~人生/生き方「迷わない指針」~
■以下は、書籍「7つの習慣」や「あるヨギの自叙伝」なども参考にしつつピックアップした、どの賢者も体現していると思われる、普遍的な{人生の原理/原則}、、、長期にわたり、繁栄していくためには必要な{人生の原理/原則}と思われるものでは、あるのですが・・
もしかすると、私(名無き仙人)にとっては有効となる、個人的な自分基準にすぎないのかもしれません。

ですから、「これらは、本当に、長期的に繁栄していくために必要となる普遍的な{人生の原理/原則}なのかな?私にとっても、有効となる指針なのかな?」というスタンスで、接して下されば嬉しく思います。

また、以下の繁栄原則は、誰しもが絶対に従わないといけない基準でもないようです。
手打ちスイングだと、ゴルフをしてはいけない!わけでもないのと同じ・・なのかもしれません。

ただ、長期的に繁栄する人生を歩んでいきたいのであれば・・、繁栄原則は大切な事柄になるようなのです。
もっとゴルフのスコアを上げていきたいのであれば・・手打ちスイングをするのではなく、どのプロゴルファーも行っている、普遍的な{ゴルフスイングの原理/原則}を大切にするのと、同じような感覚でしょうか。



~繁栄原則「正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心」~


①正直 ~人生/生き方「迷わない指針」~
→誰しも「嘘は悪いこと」と知っているのに、それでも嘘をついてしまう時があるのは「嘘をつけば、とりあえず、その場は上手くやりすごせる」などのメリットがあるからかもしれません。
つまり、{嘘}にも(短期的な)メリットがあるのかもしれません。

が、1度嘘をつけば、嘘がバレないように!と、嘘に嘘を重ねていくことになり・・・そして1度でも嘘がバレれば、周りの人からは「他のことに関しても、嘘があるのかも・・」と、全てにおいて不信感をもたれてしまうことになるようです。

また、誰しもが「嘘をつかれ騙されたくない!」と思っているため、嘘をつく生き方をしていれば、周りの人たちから「あの人と関わると、また、嘘をつかれ騙され、嫌な思いをすることになるかもしれない」と嫌われていくことに、なるのかもしれません。

一方。
「とりあえず、その場は上手くやりすごせる」などの短期的なメリットを捨て、常に{正直であること}を大切にして生きていれば、「あの人は正直な人だから、嘘をつかれ騙される心配がなく、安心よね。」と周りの人達から思われ、信頼されることになるのかもしれません。
長期的には、信頼されることは愛されることにも繋がるようで・・だからこそ、常に{正直であること}を大切にして生きていれば、皆から愛され、人生が繁栄していくことにもなるのかもしれません。


②誠実 ~人生/生き方「迷わない指針」~
→{誠実さ}には、以下の4点も含まれるのかもしれません。

★他人のコントロールを試みない
→私達が自分の欲/メリットを満たすためには、{他者をコントロールする}が、手っ取り早い方法の1つだからでしょうか。

私は、他人のコントロールを試みてしまう癖があるようなのです。
友人や異性、職場の人達などを、「貴方は、~~~をした方が良いんじゃない?」などと巧みに誘導しようとしたり、{褒め言葉}や{ご機嫌どり}、もしくは{不機嫌な雰囲気}などによって巧みに操ろうとしたり・・と、してしまうのです。

その結果。
周りの人から「名無きさんの自己都合のために、利用されたくない!操られたくない!誘導されたくない!」と思われ、嫌われてしまうことも少なくないのです。
皆から、「名無きさんとは、もう関わりたくないから」ということで、すぅ~と距離をあけられてしまうような・・そんな感じでもあるかもしれません。

もし、{他人のコントロールを試みない}という誠実な態度を貫けていたなら、積極的に友達を増やそうとしなくても、今頃、私の周りには、もっと信頼し合える仲間が多くいることになっていたのかもしれません・・。


★全ての人に愛と敬意をもって接する(人によって態度を変えない)
→私は、自分にとって、関わることでメリットのある人に対してだけ、愛と敬意をもって接しているのでした。
一方、普段会わない人や店員さんなど、愛と敬意をもって接してもメリットのない人には、冷たい態度で接していました。

そのことは、私のことを見ている周りの人達に「名無きさんって、信用して付き合えないよね。だって、私との関わりの中で、名無きさんに{私と関わるメリット}がなくなれば、それまでとは一転、急に態度が変わり・・・あの店員に対する態度のように、冷たい態度をとられ始めることに、なりそうなんだもん。」と、(無意識的に)思わせてしまうことになるようでした。

だから私は、‘人望’などとは無縁な、他者から信頼してもらえない人生を歩むことになっているようでした。

もし、人によって態度を変えることなく、誠実に、全ての人に愛と敬意をもって接していたならば、皆から「名無きさんって、信頼できるよね。だって、私との関わりの中で、名無きさんに{私と関わるメリット}がなくなっても、それまでと態度は変わることなく・・・あの店員に対する態度のように、やっぱり暖かで優しい態度を、とってくれ続けそうなんだもん。」と思われることになり、積極的に‘良い人’をアピールせずとも周りの人達から信頼され、‘人望’の厚い人として、皆から好かれ愛されることになったのかもしれません・・。


★常に繁栄原則に沿って生きる(気分で態度を変えない)
→誰しもが気分屋ではあるようですが、それでも、その時の気分によって態度がコロコロと変わっていては、皆から嫌われてしまうこともあるようでした。
一方、己の気分に左右されることなく、常に繁栄原則「正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心」に誠実に沿って、繁栄原則に忠実に生きることをしていると、

皆から「安定感ある、一緒にいて安心できる人」「その時々でブレない、一緒にいて信頼できる人」と思われるようになり、だからこそ皆から好かれ愛され、人生が繁栄していくことになるようでした。


★約束は守る(期待させてしまう言動は注意する)
→私達は、期待/約束通り、もしくは期待/約束以上の振る舞いを続けることによって、周りの人達から「(期待/約束)を守る誠実な人」と評価されることになるようです。
一方、期待以下の振る舞いを続けたり、約束を守らなかったりすると「(期待/約束)を守らない不誠実な人」と評価されることになるようです。

私は、その場でとりあえず、相手との良い雰囲気を作り出したいがために、「じゃあ、来月は~~をしましょう。」などと、守れるかわからない約束をし、期待感をもたれるようなことをしているのでした。
その結果、期待/約束を守ることが出来ず、相手から「名無きさんは、いつも口先だけで(期待/約束)を守らない不誠実な人だ。」と思われ、嫌われてしまうことになるのでした。

もし、{誠実であること}を重視し、「期待させてしまうような言動は注意する」「守れない約束は、しない」としていれば・・・
景気の良いこと、調子の良いことを言えなくなるだけに、その場では、相手との良い雰囲気を作り出せないことも増えるかもしれませんが、長期的には「(期待/約束)を守る誠実な人」と評価されることになり、皆から信頼され、信頼された結果、愛されることになり、長期的には人生が繁栄していくことになるのかもしれません。


③感謝 ~人生/生き方「迷わない指針」~
→常に感謝の心を大切にして生きていると、他者も、自分自身も、救われることになるようです。


④奉仕 ~人生/生き方「迷わない指針」~
→「自分のお金/所有物/地位や名誉を増やすこと」ばかりを重視していると、得た{お金/所有物/地位}などを失う恐怖心を常に抱えながら、生きていかざるを得なくなるのかもしれません。
また、奉仕の心をついつい忘れていると、仕事中も不満ばかりが溜まることにもなる場合が、あるのかもしれません。
お給料(企業の収入)は、世の中や他者に対する奉仕/貢献の対価であるため、仕事中は、絶対的に他者へと奉仕せねばならぬからです。

一方。
{世の中や他者に奉仕すること}を重視しているならば。
「自分のお金/所有物/地位や名誉」を失う恐怖心も、そうでないよりは減ることになりそうです。
自分にとって重要なことが、「自分のお金/所有物/地位や名誉」というよりも{世の中や他者に奉仕すること}であるからです。
人は、自分にとって重要なものほど、失うことを恐れるようですが、{世の中や他者に奉仕すること}は、失う機会もなさそうです。

また、仕事≒奉仕/貢献であるため、仕事中も、{世の中や他者に奉仕すること}を重視しているならば、そうでないよりも、充実感を感じることが出来るようになるのかもしれません。


⑤謙虚 ~人生/生き方「迷わない指針」~
→{謙虚さ}には、以下の4点も含まれるのかもしれません。

★皆のお陰様
→謙虚の心が欠如すると、「なんで私が、~~をやってあげなきゃ、ならないの!?」と不平不満が湧いてくることになるのかもしれません。
一方、謙虚の心を思い出すと「いいや、~~をさせて頂けているんだ。むしろ、ありがたいことだよね。」と、感謝の気持ちが湧いてくることになるようです。
私達は謙虚の心を思い出した瞬間、心が、不満から感謝に、変わることになるのかもしれません。

{謙虚さ}が欠如している私は、結果に対しても、すぐに「自分が頑張っているから!自分の努力の賜物!自分の手柄!」と思い込み、それがいきすぎた結果、「なんで私が、~~をやってあげなきゃ、ならないの!?」と不平不満が湧いてくることも少なくないのでした。
そして、そのせいで、自分自身がストレスに苦しむことになる・・。
関連競争社会と桃源郷(競争社会の中で桃源郷の世界を生きる)


★学ばせて頂く
→「学ばせて頂く」という{謙虚さ}が欠如しているからでしょうか。
私はついつい、他人の話を聞くことをせず、本を読んでも「もう、そんなこと知ってるよ!」などと傲慢な態度をとり、人生の諸問題に対しても愚痴や不満を言うばかりで、そのせいで{他人/本/人生}から学ぶチャンスを失い・・・長期的に繁栄していく‘糧(学び)’を得れずにいることが多いのです。はぁ~(|||_|||)


★自分だけが正しいのではない
→「自分は自分は自分は自分は!」と、過剰に自己中心的であるためか。
私は、自覚こそ伴わないものの「自分こそ正しいんだ!」と思い込み、その発展として「自分は正しく、他者は間違っている」と思い込んでしまうところがあり・・だからこそ、他者と他者の意見を軽視し見下し、そんなことをするから、周りの人達から嫌われてしまうところがあるようなのです。

もしかしたら、自分だけが正しいのでは、ないのかもしれないのに・・。

例えば、私は以下の空き缶を見て、

「これは、紛れもなく、{事実空き缶}だ。どう見ても{事実空き缶}だ!」と思います。
理由もなにも、ないですよね。
どう見ても、{事実空き缶}なのですから。

なのに他人は、「いやいや、この空き缶は{嘘空き缶}だよ。」と、言う場合もあるようです。

そんな時、私は「どうして、相手は自分の間違いに気がつかないかなぁ。困るなぁ。どう見ても{事実空き缶}じゃないか。私の正しい意見を、なんとかして相手に納得・理解させなきゃ。」と、思考が進んでしまいます。

こうなると、
→「これは、どう見ても{事実空き缶}だろ?間違いを認めろよ。」
相手→「は?これは{嘘空き缶}だよ。名無きこそ、間違ってるよ。」
と、言い争いになるばかりです。
そして私は、「あの人は、間違っているクセに、自分の誤りを認めず・・」などと、他人を批判することになります。


しかし、私達は、互いに同じ事実を見ているのに、2人には、違うように事実が見えており・・・尚且つ、その2人が見ている事実、両方ともが正しい、、、ということも、あるようなのです。

【2人には、違うように事実が見えており・・・尚且つ、その2人が見ている事実、両方ともが正しい】

だからこそ、少し落ち着いて冷静になり、「自分だけが正しいのではないかもしれない。相手も、正しいのかもしれない。」と、{自分だけが正しい!相手は間違っている!}という己の考えを、疑って・・

{事実空き缶}を、上図のように、少しづつ右にまわしていくと・・

なんと、裏側から見ると、どう見ても{嘘空き缶}にしか、見えなかったりすることもあるようです。


気がつかないうちに、「自分こそ正しいんだ!」と思い込んでしまう癖があるため、個人的には「自分だけが正しいのではない」という教訓を忘れないよう努めようとは、しているのですが・・まだまだ実践は出来ておらず・・。


★誤りは素直に認め謝る
→相手の誤りの理由が利己心からではなく、尚且つ、1度めの誤りであれば、その相手が謙虚に「すみません。私が、間違っていました。」と自分の誤りを認め謝る場合。私達は相手を許すようなのです。
誰でも、間違ってしまうことがあるからでしょうか。

一方、誤りを認めず、謝らないのであれば、私達は、その人に対して、不信感と嫌悪感をもつことになってしまうようです。


⑥良心 ~人生/生き方「迷わない指針」~
→私達が繁栄原則の基礎となる{正直さ}{誠実さ}を破り、ついつい「他人に嘘をつき騙して、他人を利用する」をしてしまう時は、なにかしらの欲に駆られてしまっている時が多いようです。
そして‘欲’は誰しもがもっているものですが、確固たる良心がある限り、‘欲’に良心が負けて「他人に嘘をつき騙して、他人を利用する」をすることには、ならないようです。

だからでしょうか。
確固たる良心の元、正直に、誠実に生きている人は、皆から「この人は、自己メリットのために、他人に嘘をつき、他人を利用したりはしない{確固たる良心}をもっている人だから、安心よね。」と(無意識レベルで思われ)信頼されることになるようです。
そして信頼された結果、皆から愛され好かれ、長期的には人生が繁栄していくことになるようです。


⑦他者の幸せを願う ~人生/生き方「迷わない指針」~
→私達は皆、「自分が幸せになりたい!」と願っているようです。

だからこそ、相手の幸せを願っていれば、それは言動の節々に現われ、相手は直感的にそのことを感じ取り「この人は、私の幸せを願ってくれている!(この人は、私の見方!)」と思い、その人に好感をもつことになるようですし、

特定の人に対してだけ、相手の幸せを願うのではなく、打算を超えて、接する全ての他者の幸せを心から願う気持ちのある人は、ふっとした時に、その{他人の幸せを願う気持ち}が現われ、、、
それを見たり、感じ取ったりする周りの人達は、「この人は、{私と接するメリット}がなくなっても、私の幸せを願い続けてくれそうね。」と(無意識的に)思うことになり、そのことは、信頼されることに繋がるようです。
そして信頼された結果、皆から愛され好かれ、長期的には人生が繁栄していくことになるようです。



③破滅原則 ~人生/生き方「迷わない指針」~
■上記は、個人的に思う「長期的に繁栄していくために必要となる普遍的な{人生の原理/原則}」であるのですが、その中でも、人によって‘体現’の仕方は、異なることになると思うのです。

例えば、★全ての人に愛と敬意をもって接する(人によって態度を変えない)に関して。
ある人は、全ての人に、丁寧に敬意をもって、接することになるのかもしれませんし・・また、ある人は、全ての人に、フランクに愛をもって明るく気軽に、接することになるのかもしれません。

これらの違いに関して。
もし、歴史上の賢者と接する機会があり、訪ねてみれば、「それらの違いは、個性の範囲なのかもしれないね。そうすることで、上手くいくなら、それで良いんじゃない?(^_^)」とも、言われることになるのかもしれません。

ただ、破滅原則「今さえ良ければ良いんだ/自分さえ良ければ良いんだ/金さえ手に入れば良いんだ」癖に関しては、「長期にわたる繁栄した人生を歩みたいのであれば・・、もしかすると、繁栄原則を大切にし始めるのも良いのかもしれないね(^_^)」と、言われることになるのかもしれません。
Aさんから「もっと上手くなりたいのであれば・・、{ゴルフスイングの原理/原則}からズレている手打ち癖は、修正していった方が良いのかもしれないね」と、言われたのと同じく・・。


~破滅原則「今さえ良ければ良いんだ/自分さえ良ければ良いんだ/金さえ手に入れば良いんだ」~


①今さえ良ければ良いんだ ~人生/生き方「迷わない指針」~
→「今さえ良ければ良いんだ!」とばかりに、短距離走のペースでマラソンの距離を走ると、上手くいかないことになりそうです。
人生は100mで終わる短距離走ではなく、数十年と続く舞台であるため、{長期的な繁栄}と{短期的な充足/結果}のバランスをとる必要もあるのかもしれません。

私は後先考えず、「今さえ良ければ良いんだ!」と{短期的な充足/結果}ばかりを求め、そのせいで、後から問題に追われることになることも少なくないのです。
ホームページ運営においても、つい最近まで、「今さえ良ければ良いんだ!」「今、手っ取り早く結果を出したいんだ!」と{短期的な充足/結果}ばかりを求めていたせいで、その後の問題対応に長いこと追われていました。はぁ~(>_<)


②自分さえ良ければ良いんだ ~人生/生き方「迷わない指針」~
→全ての人が互いに関わり合いながら、影響し合いながら・・で成り立っている人間社会において、「自分さえ良ければ良いんだ」というスタンスで生きていると、目先こそ良いものの、長期的には上手くいかなくなる場合もあるようです。


③金さえ手に入れば良いんだ ~人生/生き方「迷わない指針」~
→「金さえ手に入れば良いんだ」というスタンスで生きていると、お金より大切なこと・・・繁栄原則や「{長期的な繁栄}と{短期的な充足/結果}のバランス」などを、お金のために軽視してしまうことになり、その結果、後々、自らが苦しむことになる場合もあるのかもしれません。



④まとめ~人生/生き方「迷わない指針」~
■「振り返ってみると、今までの経緯は、3つに分かれているような・・」

個人的に振り返ってみると、今まで‘人生/生き方’の経緯は、以下の3つの段階に分かれていたようにも感じるのでした。


①他人の意見に振り回される
→個人的な信念や、<絶対的な指針/変わらない普遍的な指針>を持たずに生きていた私は、{他人の意見に振り回される}ことの多い日々を生きていました。

ある人から「長期的な視点が必要だよ。」と言われれば、「そうだよね」と思い、{長期的な繁栄}のためにコツコツと取り組んでみたりもするのですが、かたや、別の人から「今、楽しければ良いじゃないか?明日、死ぬかもしれないんだよ?」と言われると、「それも・・そうだよな。」と思い、今度は、{短期的な充足/結果}ばかりを求め始めたり・・・と、他人の意見に振り回されながら生きていたのでした。

「誠実さが大事だよ。」と聞けば、「やっぱり、そうなんだ。」と思い、{誠実であること}を大切にしてみたりもするのですが、かたや、誠実であることなんて気にせず、好き勝手に楽しんでいるような人を見ては、「うーん。私も、あのように好き勝手に楽しみたいな・・」と思い、今度は、誠実さを軽視し始めたり・・と、他人の意見や、他人の生き方に振り回されながら生きていたのでした。

‘生き方’に一貫性がなく、他人の意見や、周りに流され、フラフラと右に左に揺れ動きながら生きる日々は、自分にも自信が持てず、また周りの人からも信頼されず、ストレスを感じる機会の多い日々でもありました。
関連自分を大切にする方法(価値観の明確化)


②自分の意見を大切にし始める
→その後、心の仙人/仙女修行などに取り組み始めたことで、他人の意見を締め出し、自分の意見や自分基準、自分の信念に従って生きるようになりました。

ただ、自分自身が破滅原則に根付いていたため、自分の{意見/基準/信念}自体が間違っている部分が多々あり、だからこそ、次から次へと、問題が噴出し続け、その問題の対応に追われる日々が続くのでした。
また、自分の{意見/基準/信念}に破滅原則が色濃いため、他者から不信感をもたれ信頼されず・・
だからこそ、自分の意見や自分基準、自分の信念に従って生きるようになったことで、以前よりは自分にも自信が持てるようになり、ストレスも減ってはきていたのですが、相変わらず、皆からは嫌われるor好かれない状態が続いているのでした。

また、<絶対的な指針/変わらない普遍的な指針>がなかったため、自分の意見や基準にも、確固たる自信がもてずにいましたし、自分の意見や基準も、その時々で迷ったり、ブレることになっていたのでした。

‘生き方’が迷ったりブレたりもするし、自分の{意見/基準/信念}に自信がもてずにいたから、その自信のなさより、他者に対して威圧的な態度となったり、自分とは違う他人の意見に対して、過度に防衛的/敵対的になったり・・という状態が続いているのでした。



③繁栄原則を大切にし始める
→ありがたいことに、運良く、【普遍的な原則】というものに出会うことをさせて頂けた後。

普遍の原理原則は絶対であり変わることもなく、また変えられないため、人は最終的には、原理原則に、自分が合わせて生きていくことになるようだからでしょうか。

その後は、自分の{意見/基準/信念}を一旦捨て・・繁栄原則に、自分の意見や自分基準、自分の信念を合わせるよう努め始めたのでした。

また、同じ失敗をしないよう、他者の意見も尊重する姿勢や、他人の個性や多様性を尊重する姿勢を忘れないよう、意識し始めたのでした。
実践に関しては、まだまだ、まったく出来ていませんが・・/(´o`)\オーノー!!



まだまだ実践は出来ていないのですが、繁栄原則を大切にするようになってからというもの。
自分の中に、まるで決して変わらない北極星のような、<絶対的な指針/変わらない普遍的な指針>を得られることになったため、自分の{意見/基準/信念}に、本当の意味で自信がもてるようになり、だからこそ逆に、他者の個性や多様性を、防衛的/敵対的になることなく受けとめる余裕が生まれてきて・・また、‘生き方’が迷ったりブレたりする機会が減ったのでした。

迷ったときは、繁栄原則「正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心」に照らし合せてみることで、進むべき方向性が1発でわかるからでもありました。


また、‘生き方’がブレている時も、自分自身で「んっ?」と気がつける頻度が増えたようでした。
自分の中に<繁栄原則!>という1本の太い軸が芽生えたことで、その軸よりズレている自分の言動が、わかりやすくなったからでしょうか。


まだ、繁栄原則に関しては、研究中であり、実践に至ってはまったく・・の状態ではあるのですが、少しづつでも身につけていけるよう精進していければ良いな~とも思っています。
楽しみつつもコツコツと、ともに精進してまいりましょう。


~人生/生き方「迷わない指針」~
<writer 名無き仙人>





バス男「人生/生き方「迷わない指針」かぁ。」

バス子「原理原則という考え方もあるのね。」

仙人「楽しい幸せな人生を、生きていけると良いのぉ。」







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