心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から

■良心の呵責とは?意味/心の平和/平穏と高いセルフイメージを手にする方法とは?/恋愛/婚活/結婚/仕事/人間関係


心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から


バス男「はぁ、はぁ。ドキドキ・・」

バス子「ちょっとぉ、スマートフォンの機能を使って、店員のお姉さんを盗撮するのは辞めなさいよ。なに考えてるの?」

バス男「しー。声が大きいよ。せっかく上手くやれていたのに、バレたら、どうするんだよ。」

バス子「もうっ。バス男さんは仙人の【心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から生じる】の話、聞いていないの?」

バス男「仙人様の【心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から生じる】の話?」

バス子「うん、仙人が言うにはね・・」







~良心という判断基準と「心の平和/平穏|高いセルフイメージ」の関係性~

1.心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から

①100均の駐車場にて

■「あっ、ラッキー。」

100円均一に車で買い物に行った日のこと。
店の駐車場に入ると、お店近くの駐車スペースが運良く空いていたのでした。
「運が良いね♪」と思いながら、頭からお店近くの駐車スペースに車を停め降りると・・見なければ良かったものが、目に入ってきたのでした。

「あっ・・・」
足元には、白線で薄っすら{駐輪スペースのマーク}が書かれていたのでした。

「ここは駐輪スペースなんだ。あ~嫌なものを目にしてしまった。」
どうしたものか?と考えながら、周りをコソっと見渡してみると、丁度、誰もいなくて・・

「誰も見ていないしな~」
私がこの{駐輪スペース}に車を停めたことは、誰にも見つかっていないことであるし、長居するつもりもないし、もし{駐車違反}としてお店の方から見つかったとしても。

「いえ、{駐輪スペースのマーク}には気がつきませんでした。そもそも、あなた方が白線できちんと表示していないのが悪いでしょ?こんな薄れた白線では気がつきませんよ。そちらのミスでしょ?」と言えば、言いわけであって・・

「メンドウだし、このまま、‘ココ’に停めておこう。」
そう思って、店内へと向かおうとした瞬間、‘はっ’と、以前の出来事が思い出されたのでした・・。



②良心の呵責とは?意味~心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から~
■「繁栄原則{正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心}が大切なんだ!」

書籍7つの習慣に出会わせて頂けたことで、そう気がつくことをさせて頂け・・

それ以降は、自分なりに、

・正直であること
・誠実であること
・感謝の心をもっていること
・奉仕の心をもっていること
・謙虚さを兼ね備えていること
・良心に従うこと
・他者の幸せを願う心をもっていること

を、心がけながら生活をし始めていたのでした。

繁栄原則を心がけながら生活をし始めると、「自分がいかに、{正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心}などをもっていなかったか?」を痛感させられることになり、己を情けなくも感じて反省、反省、反省・・の毎日ともなっていったのですが。
数ヶ月もすると、自分なりには、かなり改善してきているようにも思えてきていて。

いつの間にか私は調子にのっており、半無意識的に「もう、私は大丈夫だ。私は繁栄原則的な人間である」とも感じていたのでした。


そんなある日。
とある用事で出先に向かった時に、駐車場が見つからず・・「まあ、ココは空いているし、少しの間だけだから。」と{停めて良いのかわからない場所}に車を停めたのでした。

あの時は、時間に間に合うことばかり気にしていて、あまり、深く考えていなかった・・記憶があります。
つまり、半無意識的に「まあ、ココは空いているし、少しの間だけだから。」と思い、車を停めたのでしょう。


・・用事が終わり車に戻ってみると。
その駐車場の管理者の方が私の車の前にいて、、、私は反射的に「あ、ヤバいっ!」と思うことになり・・その後は「ここに、勝手に停められては困るよ!」と管理者の方より怒られることになったのでした。

「すみませんでした!」
必死に謝り・・・管理者の方の広いお心により許してもらえ、私は頭を下げつつ車を発進させたのでした。

思いがけず怒られたことにドキドキしながらも、車内にて良心の呵責を感じながら「私のバカ、バカ、バカ!繁栄原則を知る以前の頃から、実は、なにも変わっていないじゃないか。誰も見ていないし・・と平気で、勝手に車を停めていて、、、」と猛省することになったのでした。

自分では、「もう、私は大丈夫だ。私は繁栄原則的な人間である」と思っていただけに、自分が、半無意識的にとっていた行動・・{無断で勝手に車を停める。だって、バレそうになかったから。}に、愕然として、、、申し訳ない気持ちとともに、自分自身に対してショックだったのでした。


どうやら、破滅原則{今さえ良ければ良いんだ/自分さえ良ければ良いんだ/金さえ手に入れば良いんだ}の根は深かったようでした。

良心なき、破滅原則的である私にあるのは、「要領良く自分のメリットを得たい」という気持ちだけで、


人間の行動原理/行動心理の裏(社会システム次第で行動が決まる?)にもあるとおり。
良心なき、破滅原則的な私は、現状の社会システムの中で、最も自分にとってメリットがありそうな行動・・つまり現状の社会システムの中で、最も「とりあえず今、自分にメリットがありそうな行動」を、取り続けているようにも思われたのでした。
それが、【要領の良い行動】に思えるから。


★心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から★
~【要領の良い行動】→現状の社会システムの中で、最も自分にとってメリットがありそうな行動~


バレた場合のみ、法により罰せられる国家である日本に生きている私は。
バレて捕まらない限り、法で罰せられることもないため、「バレなきゃ良いんだよ」という考えをもつことになっていて・・また、「法に触れない限り、自己メリットを最大限求めても大丈夫!」という考えをも、もつことになっていて、、、


良心なき、あるのは破滅原則である私の価値判断基準は、【要領が良いかどうか?】だけであり、だからこそ、現状の社会システムの中で、最も自分にとってメリットがありそうな行動を取るために、いつの間にか判断基準が「バレるか?バレないか?」「法律に触れて罰せられるかどうか?」になっているようなのでした。

だから「バレないだろう」と意識的もしくは無意識的に思えば、平気で、車だって停めてしまうようでした。
だから「法律に触れて罰せられることはないだろう。」と意識的もしくは無意識的に思えば、平気で、ゴミだって捨ててしまうようでした。


良心が欠如したことにより。
私の破滅度はエスカレートしてしまっていて・・。

その理由は、良心がなくなれば、「今さえ良ければ!自分さえ良ければ!お金さえ手に入れば!」という我欲を、現状の社会システムの中で、「バレるか?バレないか?」「法律に触れて罰せられるかどうか?」を判断基準にしつつ、最大限、追い求め続けることになるからでしょうか。


そのため、いつの間にか・・・


①嘘をつく ~心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から~
→私は、「バレない」と思われた時、または「バレても法で罰せられることはない」と思われた時。
目先の自分だけのメリットのために、他者に対して、平気で嘘をついてしまうのでした。

現状の社会システムの中で、最も自分にとってメリットがありそうな行動が「嘘をつき他人を騙してでも、○○を手にする」であれば、私は嘘をつき、他人を騙しているのでした。
良心が欠如している場合、それが【要領の良い行動】に思えるからでしょうか。


②他人を利用する ~心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から~
→私には、自己メリットのために、平気で他人を利用してしまうところがあるのでした。
利用価値の高そうな他人に対しては、作り笑顔を浮かべつつ近づいていき、言葉巧みに相手を操り、そして相手を自己メリットのために利用したり・・し続けているのでした。

だって、他人を上手いこと、巧みに利用しても、普通は法で罰せられることはないから。

現状の社会システムの中で、最も自分にとってメリットがありそうな行動が「他人を上手いこと利用して、○○を手にする」であれば、私は平気で、他人だって自分のために利用しているのでした。
良心が欠如している場合、それが【要領の良い行動】に思えるからでしょうか。


③他人を操る ~心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から~
人に好かれる人と嫌われる人の特徴(他人を巧みにコントロールするのは不誠実)にもあるとおり。

私は半無意識的に、友人のことすらも、自分のメリットのために巧みに操ろうとしてしまうところがあるのでした。

だって、自己メリットのために他人を巧みに誘導し操ろうとしても、普通は法で罰せられることはないから。

現状の社会システムの中で、最も自分にとってメリットがありそうな行動が「他人を巧みに誘導し操り、○○を手にする」であれば、私は平気で友人すらも、巧みに操ろうとしてしまう時があるのでした。
良心が欠如している場合、それが【要領の良い行動】に思えるからでしょうか。


④人によって態度を変える~心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から~
誠実さとは?意味(二面性と一貫性)にもあるとおり。

私は人によって、コロコロと態度を変えているのでした。
自分にとってメリットがありそうな人にだけ良い顔をし、そうでなければ無愛想な態度で接し・・

だって、自己メリットのために、人によって態度を変えても、普通は法で罰せられることはないから。

現状の社会システムの中で、最も自分にとってメリットがありそうな行動が「人によって態度を変える。」であるため、私は、丁寧に接しても、自分にはメリットがなさそうな他人に対しては、無愛想な態度をとり続けているのでした。
良心が欠如している場合、それが【要領の良い行動】に思えるからでしょうか。


⑤約束を破る~心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から~
約束を守る人になる方法(他人との約束/自分との約束)にもあるとおり。
私は、他人との約束を破ることも少なくないのでした。

だって、他人との約束を破っても、普通は法で罰せられることはないから。

現状の社会システムの中で、最も自分にとってメリットがありそうな行動が「約束を破る(そのことで他のメリットを享受する)」である場合、私は、自分のメリットのために、約束すらも平気で破ったりし続けているのでした。
良心が欠如している場合、それが【要領の良い行動】に思えるからでしょうか。


⑥他者の足をひっぱる~心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から~
相対的世界で生きる意味とは?名言(「相対性の罠にハマる」から「相対性の世界で遊ぶ♪」へ)にもあるとおり。

相対性の罠にハマり込んでいる私は、自分の幸せを、他者との比較をとおして計ってばかりで・・。

そのため、自分より幸せそうな人を見ると、相対的に自分が不幸せに思えてくるためイライラしてきて、、、{影で中傷する}などにより、幸せそうな人の足をひっぱり続けているのでした。

だって、影で中傷し、幸せそうな人の足をひっぱってもバレないから。
また、普通はバレたとしても、法で罰せられることはないから。

現状の社会システムの中で、最も自分にとってメリットがありそうな行動が「幸せそうな人の足をひっぱる」である場合、私は、自分のメリットのために、{影で中傷する}などにより、他人を引きずり落とそうとしているのでした。
良心が欠如している場合、それが【要領の良い行動】に思えるからでしょうか。


⑦ゴミを捨てる~心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から~
→周りをコソっと見渡してみて、誰も見ていないことが確認されれば。
私は、ゴミだって、ポイっと捨てているのでした。

だって、誰も見ていなければ、ゴミのポイ捨てをしてもバレないから。
また、普通はバレたとしても、大きなゴミでない限り、法で罰せられることはないから。

現状の社会システムの中で、最も自分にとってメリットがありそうな行動が「ゴミをポイ捨てする」である場合、私は、自分のメリットのために、「ゴミ箱がある場所まで行くのはメンドウだ!」と、ゴミをポイ捨てしているのでした。
良心が欠如している場合、それが【要領の良い行動】に思えるからでしょうか。



③良心と世界観~心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から~
■良心が欠如している私は、他人に対して{嘘をつく。騙す。他人を利用する。他人を操る。足をひっぱる。}などを、し続けているようなのでした。

そして、自分がそうだから、自分がそうだからこそ「皆も、{嘘をつく。騙す。他人を利用する。他人を操る。足をひっぱる。}などをしている(ハズだ!)」と、いつしか思い込むようになっていて。

だからこそ私は「他人から騙されないように。他人から利用されないように。他人から足をひっぱられないように。」と、他者に対して警戒心と不信感を持ちながら、1人、己の行動が生み出した{負の世界観}の中で闘い続けているようなのでした


自分がそうだから、自分がそう行動し続けているから、負の世界観をもつことになっていて。
だから「他者は基本的に信用できない」と、私は心のどこかで思い込んでしまっていて。

私が相手を信用しないから、相手も、私のことを信用してくれず・・また、私が相手に対して心を開かないから、相手も、私に対して心を開いてくれず・・私には友達も、出来ずにいるのでした。
関連友達がいない/親友の作り方(他者と世界と信頼する力)


★心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から★
~良心が欠如すると、己の世界観が{負の世界観}となってしまう~


良心なき私は、自身の行動が作り出している{負の世界観}の中で、1人、苦しみながらも孤独に闘い続けているようにも思えたのでした。



④良心と心の平和/平穏~心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から~
■また、繁栄原則{正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心}を心がけ始めてから。

私は良心が欠如していたせいで、自分の心の中に{安定性、安心感、平穏}などを持てずにいたことを、知ることになったのでした。


どうも、心の安定/安心/平穏というものは、

「私は、良心に反することは、していない。」
「私は、人として大切な良心に、忠実に生きている。」

そう自信をもって言える行動を取り続けることにより、生まれるようにも感じ始めているのでした。


「私は、良心に反することは、していない。」
「私は、人として大切な良心に、忠実に生きている。」
そう自信をもって言える行動を取り続けるよう心がけ始めると、まだ実践は出来ていないため、以前に比べれば・・なのですが、内面/心の安定性、安心感、平穏が生まれはじめているからでもありました。


★心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から★
~内面の安定性は良心に忠実に生きることで生まれる。逆を言えば、目先のメリットのために良心に反することをすれば、心の平和/平穏を失うことになる~


私は、現状の社会システムの中で、最も自分にとってメリットがありそうな行動を取るばかりで。
そのため社会システムに盲点があれば、平気で良心に反することもしていて・・

だから、他人が見ていない場所では、平気でゴミを捨てたり、平気で車を停めたり、平気で嘘をついたり、他人を利用したり・・し続けていて、

「私は、良心に反することは、していない。」
「私は、人として大切な良心に、忠実に生きている。」

とは、とてもじゃありませんが言えず・・そのことが、内面の不安定、不安感、心配、落ち着かない気持ち・・を生み出しているようなのでした。

私は今まで、自覚こそ伴っていなかったものの。
「バレるか?バレないか?」を基準にしていたため、良心に反することもしていから、内面の不安定、不安感、心配、落ち着かない気持ち・・を持ち続け、生きてきているようにも思えてき始めているのでした。


例えば、「バレなきゃ良いんだよ。」と、駐輪スペースに車を停めたまま100円均一の店内に入れば。
「まぁ、バレることはないよ。」とは思いつつも、心のどこかでは「バレたら、どうしよう?」「本当は悪いのに・・私は駐輪スペースに車を停めている」と思うことにもなって。
そのことは、内面の不安定、不安感、心配、落ち着かない気持ち・・を漠然と抱えたまま、店内で買い物をすることに繋がるのかもしれません。


一方で、誰も見ていなかったし、バレそうにはない状況ではありましたが、もし、良心に従い、車を本来の駐車スペースに停めなおしたならば。

「私は、良心に反することは、していない。」
「私は、人として大切な良心に、忠実に生きている。」
と感じることができ、心の中に{安定性、安心感、平穏}などを持って、店内での買い物を楽しめるのかもしれません。



⑤良心と自己イメージ~心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から~
■そして、繁栄原則{正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心}を心がけ始めてから。

私は良心が欠如しているせいで、自分のセルフイメージが低下することに、なっていることを、知ることになったのでした。

どうも、セルフイメージと良心は関係が深いようで。

良心なき私は、平気でゴミをポイ捨てし・・
こっそり、他人を影で中傷し・・
自己メリットのために、約束は破るは、他人を利用するは、嘘をつくは・・さらには、人によってコロコロと態度を変え続けるわ・・で、そんなことをし続けているから、そのため私はいつの間にか、自分のセルフイメージが低下してしまっているようにも思えてきているのでした。


★私のセルフイメージ★
→自分という人間は、自己メリットのために、平気で嘘をつき他人を利用する人間です。
また、自分という人間は、人によってコロコロと態度を変え続け、約束だって守らない、信頼性のない人間です。
さらに、自分という人間は、コソコソと他人の悪口を言い、平気でゴミをポイ捨てするような人間です。



己の行動のせいで、こんなセルフイメージをもつことになっているから。
私は自分に対して、自信を持つことが出来ずにいて・・さらには「私のような人間は、幸せになってはいけない。」とも、潜在意識レベルでは思うようになっていて・・

そのため、負の雰囲気/オーラ漂う人間として、生きることになっていて。
周りの人達からは敬遠され、不幸せなことの多い、辛い苦しい人生を生きることになってもいるように思えたのでした。

また経験的に。
良心の欠如が生み出す己の行動によって、そういったセルフイメージをもつことになっていると。
他者は、そのようなセルフイメージをもっている私のことを、「その程度の人」と、私の雰囲気より本能的に感じ取り、その程度の対応/態度で、接してくることになる・・とも感じ始めているのでした。


一方で。
もし、「バレるか?バレないか?」ではなく、良心に基き行動し始めれば。

「誰も見ていないから」とゴミを捨てるどころか、誰も見ていないところでも「ゴミを拾うことは良いことだから♪」とゴミを拾い、

幸せそうに見える他者に対して、「今後も、あの人の幸せが続きますように♪」と願うようになり、

約束を守り、全ての人に対して正直に誠実に接することになり・・だからこそ自分のセルフイメージは、


★自分のセルフイメージ★
→自分という人間は、他人を利用することのない、正直な人間です。
また、自分という人間は、皆に対して愛深い態度で接し、約束も守る、信頼性ある人間です。
さらに、自分という人間は、たとえ誰も見ていなくても、他者の幸せを心から願い、ゴミを拾うような良心に基き行動する信頼感ある人間です。


となるのかもしれません。

自分のセルフイメージが、そう変われば、自身からにじみ出る雰囲気/オーラも変わり始めるばかりか、心の中も、人生すらも、変わり始めることになるのかもしれません。

そしてきっと。
良心に基く己の行動によって、そういったセルフイメージをもつことになると。
他者は、そのようなセルフイメージをもっている自分のことを、「この人は、素敵な人だ。素晴らしい人だ。」と、雰囲気より本能的に感じ取り、だからこそ丁寧な、愛深い対応/態度で、接してくることになる・・のかもしれません。


つまり、「どいつもこいつも、態度や対応の悪い奴らが多くて困るよな。日本人は駄目になっているよ。」と感じるのは、良心なき己の行動が生み出している自分のセルフイメージ(自分が醸し出している雰囲気)のせいなのかもしれませんし、

「みんな、素晴らしい態度/対応で接して下さる。世の中には素敵な人が多いよね♪」と感じるのも、良心に基き行動している自分のセルフイメージ(自分が醸し出している雰囲気)のせいなのかもしれません。

通常、私達は、相手の、セルフイメージから生じることになっている雰囲気を本能的に感じ取り、そして無意識のうちに対応/態度が、変わってしまうようで・・だからでしょうか。


★心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から★
→相手の態度が悪いのは、相手のせいではなく、「良心なんてバカらしい。今さえ良ければ!自分さえ良ければ!お金さえ手に入れば!」と行動し続けるせいで持つことになっている自分のセルフイメージ(自分が醸し出している雰囲気)のせいである場合も、あるのかもしれない。
また、相手の態度が良いのは、相手のせいではなく、良心に基き行動し続けるせいで持つことになっている自分のセルフイメージ(自分が醸し出している雰囲気)のせいである場合も、あるのかもしれない。
人は、相手のセルフイメージ(相手が醸し出している雰囲気)を本能的に感じ取り、「その程度の人」や、「この人は、素敵な人だ。素晴らしい人だ。」と、無意識的に判断していて、そして無意識のうちに対応/態度が、変わってしまう場合もあるようだから。
つまり、「他者から大切に扱われたい!」と願うならば、高いセルフイメージをもつ必要があり、高いセルフイメージをもつためには、良心を大切にして行動し続ける必要があるのかもしれない。




⑥良心という判断基準~心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から~

■{駐輪スペースのマーク}が書かれた白線は消えかけているから「いえ、気がつきませんでした。」と言えば、現状の社会システムにおいては罰せられることもないだろうし・・・

また、駐車場には人がおらず、誰も、見ていないうえに、長く停めるわけではないため、バレないだろうし・・

つまり、{気がつかないフリをして、店の入り口近くの駐輪場所に車を停める}は、要領の良い行動なのかもしれません。現状の社会システムにおいては。

バレないのだから。
また、バレても「いえ、気がつきませんでした。そもそも、あなた方が白線できちんと表示していないのが悪いでしょ?」と言えば、罰せられることはないのだから。


しかし、判断基準が「バレるか?バレないか?」になって、良心が欠如してしまえば。
どんどん破滅原則{今さえ良ければ良いんだ/自分さえ良ければ良いんだ/金さえ手に入れば良いんだ}がエスカレートしていき、長期的には自分自身が苦しむことになる。

誰が見ていようと、誰が見ていまいと、判断基準がブレてはいけないんだ。
他人は見ていなくても、自分自身はいつも見ていて、もし良心に反することを「だって、この方が要領が良いから」ということで行えば、自分の内面の安定性が失われ、また個人的な世界観も負の世界観となり、さらにはセルフイメージまで低下してしまい・・・長期的には、自分自身が苦しむことになるんだ。


★心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から★
~「誰かが見ているか?誰も見ていないか?」によって、判断基準や行動がブレてはいけない。誰も見ていなくても、自分は自分のことを常に見ている。だから常に良心に忠実に生きる。~


そして本質的には、エネルギー問題の解決策(人間や現実の正体)にもあるとおり。
全てが同じ1つであるため、一見、誰も見ていないように思えても、実は全世界、全宇宙が見ているのかもしれない。



「ふぅ~。駄目だめ。メンドウだけど、停めなおそう。」
反転して自分の車へと戻り、ギアをR(リバース)にしバックして、店より離れた場所にあった{空き駐車スペース}に車を停めなおしたのでした。

時間もロスしたし、店より離れた場所から歩いていくのはメンドウではありましたが。

私の心の中は、それまでとは違い、安心感と平和/平穏で満たされていたのでした。



~追伸~
→文章の構成が下手で、最後はまるで、自分が良心に沿って行動しているかのような終わり方となってしまったのですが、修行が足りない私は未だに、「誰も見ていないから」と、良心ではなく「バレるか?バレないか?」を基準に判断し、バレそうになければ、階段で靴紐を結びなおしながら天国を探すためにチラっと上を見上げたりもしていて・・。
まだまだ、破滅原則から繁栄原則への、リハビリ中なのです(ノω・、) ウゥ・・・
偉そうに、大変失礼致しました。



~まとめ 心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から~

①良心が失われると、【要領の良い行動】として、現状の社会システムの中で、最も「とりあえず今、自分にメリットがありそうな行動」を取り始め・・
判断基準が「バレるか?バレないか?」となっていき、破滅原則{今さえ良ければ良いんだ/自分さえ良ければ良いんだ/金さえ手に入れば良いんだ}がエスカレートしてしまう場合もあるのかもしれない。


②良心がなくなると、判断基準が「バレるか?バレないか?」となっていき、タブー(法律的には問題はないが、人の道に反すること)を犯してしまう場合も、あるのかもしれない。


③良心が失われ、【要領の良い行動】として、現状の社会システムの中で、最も「とりあえず今、自分にメリットがありそうな行動」を、「バレるか?バレないか?」の判断のもと、取り始めれば。
目先こそメリットがあるのかもしれないが、長期的には、心の平和/平穏を失っていき、またセルフイメージの低下をもたらしてしまうことに、なるのかもしれない。


④セルフイメージを高める方法や、心の平和/平穏を手に入れる方法の、1つは。
「誰が見ていようと、見ていまいと、関係ない。常に繁栄原則{正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心}に忠実に生きる」と、自分自身に言い聞かせ、繁栄原則に沿って行動し続けることなのかもしれない。
誰が見ていようと、見ていまいと、自分自身はいつも、自分のことを、見ているからでしょうか。


~心の平和/平穏と高いセルフイメージは良心から生まれる~
<writer 名無き仙人>





バス男「あぁ。良心の呵責に耐えられないから、やっぱり次回からは盗聴だけにしておこう。」

バス子「盗聴も駄目でしょ。なに考えてるの?」

仙人「良心を大切にしながら、楽しい幸せな人生を生きていけると良いのぉ。」







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