人生観が変わる世界観

■日本人の人生観/人生観とは?意味/世界観の意味と作り方/世界観とは?意味/恋愛/婚活/結婚/お金/仕事/転職。


世界観が変われば、人生観も変わる


バス男「はぁ、はぁ・・(フンフン!)」

バス子「ちょっとぉ、レジのお姉さんのことを興奮しながら見続けるのは辞めなさいよ。嫌がっているでしょ?」

バス男「バス子ちゃ~ん。僕は、レジのバス香さんに惚れてて。あ~、見てるだけで幸せ。」

バス子「もう。【「要領の良さ」の勘違い】が、負の世界観を作り出すのよ?仙人の【世界観が変われば、人生観も変わる】の話、聞いていないの?」

バス男「仙人様の【世界観が変われば、人生観も変わる】の話?」

バス子「うん、仙人が言うにはね・・」







~【「要領の良さ」の勘違い】が負の世界観を作り出す~

1.世界観が変われば、人生観も変わる

①運転中での出来事

■「危ない!!」
急に、隣車線からスピードの速い車が割り込んできた。
反射的にブレーキを踏みそうになった。心臓がドキっとし、ひやっとした。
この先、隣車線は右折となるため、皆は直進レーンを並んでゆっくり進んでいるのに、割り込んできた車は、最初から割り込む目的にて、空いている隣車線(この先、右折となる車線)を猛スピードで進み、ギリギリになって直進レーンである私の前に割り込んできた!と思われた。

私は瞬間的に「割り込んできたドライバーは、なんて利己的で自己中心的なんだ!皆並んでいるのに・・それに、あの人のせいで私は酷い目にあった。あんな奴、不幸にあえば良いんだ!」とも思った。


そしてまた次の瞬間、「いや、ちょっと待って。繁栄原則・・」と、繁栄原則のことが思い出されたのだった・・。



②他人を批判し見下すと・・~人生観が変わる世界観~
■今日は、ちょっとした用事のために車で外出していたのでした。
夜7時前後だからでしょうか。
帰宅途中の車で直進レーンは混んでおり、信号のせいもあって、なかなか進まず・・私は少しイライラしていたのでした。

そして、やっと進み始めたところで、隣車線からスピードの速い車が割り込んできたのでした。

危険な割り込みをされた私は、反射的に上記のような思考が浮かんでいたのでした。


「いや、ちょっと待って。相手の不幸を願うなんて、繁栄原則に反しているよね。それに・・」
繁栄的な原則{正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心}を身につけようと、自分になりに・・ですが、精進している最中の私は、繁栄原則に反する己の思考を訂正しようとしていました。

それに・・、よく考えてみると、私の心の深い部分には「私は、危険な運転をして皆に迷惑をかけるあいつ等とは違うんだ!私は、安全運転で偉いんだ。」という意識も、あるようにも思えたのでした。

過去に大きな車事故を起こしてしまったことのある私は、それ以来、自分なりには安全運転を心がけるようになっていました。
そして、それ以来、スピードを出している車などを見かけると、無意識的に「私は、危険な運転をして皆に迷惑をかけるあいつ等とは違うんだ!私は、安全運転で偉いんだ。」という意識を、もつようになっていたのでした。
事故以前は、自分も危ない運転を繰り返していたにも関わらず・・。

・・私は確かに、今現在は、安全運転をしているのかもしれません。
スピードを出して割り込むような危険な運転をする人とは違い、その人達と比べると、自分は偉いことになるのかもしれません。

が、そうやって「私は、あの人達とは違うんだ。私は、偉いんだ。」と、他人をジャッジ(判断/裁き)し、他人と自分を比較し、他人を見下し、自分の優越感を満たすようなことをしていれば・・
自分がそうだから、自分がそうだからこそ「他の人達も、私と同じように、他人をジャッジ(判断/裁き)している(ハズだ!)。そして他人を見下し、批判している(ハズだ!)。」と無意識のうちに思い込むようになり、、、
そう思い込んで生きるから、「少しでも過ちを犯したり、隙を見せると、他人から批判される(ハズだ!)。見下されることになる(ハズだ!)。」と無意識的に思い、周りの目や評価ばかりを気にし、、、
「相手は、私のことを批判してくる(ハズだ!)。見下してくる(ハズだ!)。」と思い込んでいるからこそ、「他人から見下されたり、批判されないようにしないと!」と考えることになり、他人に対して、ついつい防衛的になり敵対的になり・・・
他人に対して、無意識のうちに防衛的で敵対的な態度をとるから、他人からも、防衛的で敵対的な態度をとられることになり、人間関係を構築できず、友人が出来ないばかりか、他人から嫌われることの多い、人生となってしまうのかもしれません。

及び、{自分は偉いんだ!}という、つじつまを合わせるために、いつも背伸びして生きることになり、そのせいで己の人生が窮屈なものとなっていくのかもしれません。
私の人生は、そういった側面が、多々あったのでした・・。


「また同じ失敗を繰り返すことになるよ。駄目駄目。
確かに私は安全運転で偉く、あの人は危ない運転をしていたのかもしれないけれど、だからといって、他人をジャッジ(判断/裁き)し、他人と自分を比較し、他人を見下し、自分の優越感を満たすようなことをしていれば、己の世界観が負の世界観になっていき、自分自身が苦しむことになるよ。
相手をジャッジ(判断/裁き)することなく、憎むことなく、繁栄原則を大切にして生きていこう。・・まぁ、ガムでも噛もう。」


割り込まれた瞬間は、頭がカーとなっていたのですが、落ち着いてくるに従い、一時的に高まった感情や、過去の思考回路の癖に縛られず、考えることが出来るようになっていったのでした。
気持ちを切替えるため、気分を切替えるため、悪感情を忘れるため・・ガムを噛むことにしました。

「ふぅ~・・」
大きく息を吐き出し、気持ちを切り替え、ガムを噛んでいると、相手に対してもったイライラした感情が、だいぶ和らいできました。

相変わらず混んでいるせいで、なかなか車は前に進みません。
ブレーキを踏んだまま、前の車をぼ~と見つつ・・脳内では、過去のことが思い返され始めていたのでした。



③本当の要領の良さ~人生観が変わる世界観~
■「いかに要領良く、時間短縮に繋がる運転をしていくか?」
そう考えながら、いつも運転していた。

そのため、スピードを出した荒い運転をしつつ、年配者の方が運転しているような遅い車を見かけると「チャンス!」と思い要領良く割り込んでいた。
また、「自分がここで、曲がりたいから!」と、他の車のことなど関係なく、無理やり反対車線の向こう側へと右折/左折をしていた。
なかなか右折/左折するタイミングがないときなど、車の前方を、反対車線へと出すような・・割り込みような・・ことさえ、していた。
その時、反対車線の車が止まれば「ラッキー」と思い、ここぞ!とばかりに、反対車線の向こう側へと右折/左折をしていた。
「私の運転が危ないから、危険を感じて止まったのではないか?」と考えたり「止まって下さり、右折するタイミングを与えて下さった。ありがとう。」と考えたりすることは、なかった。
ただ「反対車線の車が止まった。ラッキー♪(要領良く、時間短縮ができた~)」と思うだけだった。



「そういえば以前は、割り込むような運転が、要領が良いことだと思っていたな。」
心の仙人/仙女修行に取り組む前や交通事故を起こす以前、時間短縮に繋がる運転が、要領の良いことだと思っていたのでした。
そう考えていたから、自分のことばかり考えていたから、割り込むようなことも平気でしていたのでした。
そして、そのことを、あまり自覚こそなかったものの「私は要領が良い」と、思っていたのでした。


割り込めば、確かに時間の節約はできるのでしょう。
短期的に、物理的に考えるならば、割り込むことは「要領の良いことだ」と言えるのかもしれません。

が、自分がそうすることで、自分の世界観は「この世界は、互いに皆、自分のことだけを考えており、弱みや隙を見せると、つけこまれる恐い世界」となっていくのかもしれません。
その理由は単純に、自分が、そうだから。

自分が、自分のことだけを考えており、他人の弱みや隙につけ込み、自分のメリットを得ようとばかりしているから・・
自分がそうだから、自分がそうだからこそ「他の人達も、私と同じように、自分のことだけを考えており、他人の弱みや隙につけ込み、自分のメリットを得ようとしている(ハズだ!)。」と思うようになり、いつしか、無意識のうちに「この世界は、互いに皆、自分のことだけを考えており、弱みや隙を見せると、つけこまれる恐い世界」と、思い込むようになってしまうのかもしれません。

すると、自覚こそないものの、無意識のうちに「他人に弱みや隙を見せるとつけこまれる!」「他人から利用されないようにしないと!」「周りの人達は自分のことしか考えていない。信用ならない!」と思うこと繋がり、だからこそ防衛的になり、ついつい他者に対して喧嘩腰になり、己の作り出した負の世界観の中で、一生、1人で勝手に闘い続ける人生となるのかもしれません。

私はいつも、短期的に、物理的に、「自分のお得」ばかり考えていたせいで、割り込むことは「要領の良いことだ」などと考えていたせいで・・いつしか、私の世界観は「この世界は、互いに皆、自分のことだけを考えており、弱みや隙を見せると、つけこまれる恐い世界」となっており、

だからこそ「他人に弱みや隙を見せるとつけこまれる!」「他人から利用されないようにしないと!」「周りの人達は自分のことしか考えていない。信用ならない!」と、自覚こそなかったものの、無意識のうちに思うようになっており、他人に対して防衛的になり、ついつい他者に対して敵対的な態度になることが多く・・、己の作り出した負の世界観の中で、私は1人、勝手に闘い続けていたのでした。


一方。
「割り込み」などとは無縁な世界にて、皆を歓迎し、どうぞ♪と譲るようなことをしていれば・・自分がそうだから、自分がそうだからこそ「他の人達も、私と同じように、相手の幸せを願っている(ハズだ!)」と思うようになり、いつしか、無意識のうちに「この世界は、互いに、相手の幸せを願い合っている、愛の深い幸せな世界」と、思い込むようになってしまうのかもしれません。

すると、自覚こそないものの、無意識のうちに「みんなが、私の幸せを願って下さっている!ありがとう♪」「皆、素敵な良い人達ばかり。信頼できる。」と思うこと繋がり、だからこそ、他者に対して、自然と好意と信頼と感謝の念を抱きながら笑顔で接することになり、そうやって他者に接するから、他人からも好かれ、愛され、感謝され、信頼され尊敬されることになり、皆から応援してもらえ、人生が繁栄していくことに、なるのかもしれません。



「悪人は、ろくな死に方をしない」
そんな言葉もあるようです。

自分が行う行為は、{与えよの法則}によって、形を変え、人を変え、はたまた時間差があったりはするようですが、自分に返ってくるからでしょうか。
つまり、悪いことをすれば、自分に悪いことが返ってくる・・。

そして仕返し/報復方法を探すな!(仕返しは法則が行う)のとおり、悪いことをすれば物理的に、法則によってやり返されるだけでなく、己が悪いことをすれば、己の世界観が、どんどん恐い世界となっていくようなのです。


友達がいない/親友の作り方(他者と世界と信頼する力)にもあるとおり、己が他人を利用するようなことをしていたため、だからこそ私の世界観は、「この世界は、隙や弱みを見せると、他人から利用される恐い世界」という世界観となっていたのでした。
そして、その自分で作り出した世界観の中で、私は「他人に弱みや隙を見せるとつけこまれる!」「他人から利用されないようにしないと!」「周りの人達は自分のことしか考えていない。信用ならない!」と自覚こそなかったものの、漠然と思いながら、1人で勝手に、闘い続けていたのでした。


他人に対して、イジメや嫌がらせをすることは、短期的に、物理的に考えるならば、時には当人的に「要領の良いことだ」と思えることもあるのかもしれません。
しかし、自分がイジメや嫌がらせをしていれば、自分がそうだから、自分がそうだからこそ「この世界は、弱みや隙を見せると、他人からイジメられ嫌がらせをされる恐い世界」と、いつしか思い込むようになり、だからこそ防衛的になり、(無意識的ではありますが)この世界には愛ではなく悪が満ちているように当人的には感じるようになり、愛を感じることが出来ず、イジめられないように!、嫌がらせをされないように!と闘い続ける人生となるのかもしれません。
その世界観は、長きにわたり、当人を苦しめ続けることにもなりそうです。


また、嘘をつき人を騙すことで、自分のメリットを得ることは、短期的に、物理的に考えるならば、「要領の良いことだ」と思えることもあるのかもしれません。
しかし、自分が嘘をつき、人を騙して、自分のメリットを求めるようなことをしていれば、自分がそうだから、自分がそうだからこそ「この世界は、皆が自己メリットのために互いを騙し合う恐い世界であり、他人は信用ならない!」と、いつしか思い込むようになり、だからこそ他人に対して防衛的になり、(無意識的ではありますが)この世界には愛ではなく悪が満ちているように当人的には感じるようになり、愛を感じることが出来ず、騙されないように!、利用されないように!と闘い続ける人生となるのかもしれません。
その世界観は、長きにわたり、当人を苦しめ続けることにもなりそうです。


他にも、自分のメリットを得るために、友人や恋人/伴侶、その他の人達を、巧みに操りコントロールしようとすることは、短期的に、物理的に考えるならば、「要領の良いことだ」と思えることもあるのかもしれません。
私は、そう思っていました。

だから私は、友人に対して「貴方は、Aをした方が良いと思うよ?」などとアドバイスしたり、していたのでした。
そのアドバイスは、相手のためのアドバイスではなく、ただ私的に、相手にAをして貰いたかったからでありました。
私は自覚こそなかったものの、いつもそうやって、他人を巧みに操りコントロールしようとしていたのでした。今でも、そうです・・。

しかし、己のメリットのために、他人を巧みに操るようなことをしていたため、自分がそうだから、自分がそうだからこそ「この世界は、皆が自己メリットのために、互いを操りあおうとしている恐い世界であり、他人は信用ならない!」と、私はいつしか思い込むようになっており、だからこそ他人に対して防衛的になり、(無意識的ではありますが)この世界には愛ではなく悪が満ちているように私的には感じるようになり、愛を感じることが出来ず、操られないように!、他人から良いように利用されないように!と闘い続ける人生となっていたのでした。
その世界観は、長きにわたり、私を苦しめ続けることにも、なっているのでした。



「悪人は、ろくな死に方をしない」
そんな言葉もあるようです。

そして悪人は、生きている最中も、、、自分がそうだから、自分がそうだからこそ作り出されることになる、負の恐い世界観の中で、生き続けることにもなるのかもしれません。
己の日ごろの行いが作り出した、負の恐い世界観の中で、愛を感じる機会なく、1人で勝手に闘い続ける人生を生きることになるのかもしれません。
今でもそうですが、私は、日ごろの行いが作り出した己の負の恐い世界観の中で、愛を感じる機会なく、1人で勝手に闘い続けていたのでした。
そして、負の恐い世界観しか知らなかったため、そのことに気がつきも、していなかったのでした。



④世界観が変われば人生観も変わる~人生観が変わる世界観~
■「自身の世界観のことまで考えるならば、{割り込み}も{イジメ/嫌がらせ}も、{嘘}も{他人のコントロール}も、本当は要領の悪いことでも、あるのかもしれないな。」
赤信号を見つめながら、そんなことを考えつつ・・


短期的な、物理的な「自分のお得」ばかりを考え、繁栄原則を破り、破滅原則的な生き方をしていると、己の世界観がダークなものとなっていき、
  →   
その世界観の中で、当人は生きていかねばならなくなるのかもしれません。

自身の世界観のことまで考えるならば、長期的な視野のもと、「自分の行う行為が、自身の{世界観}にあたえる影響」まで考慮する必要があるのかもしれません。
そして、もっと繁栄原則を大切にして生きる・・。

だからこそ、
「自己都合より、割り込みしたくなった時」
「目先のメリットのために、誰かのイジめに加担したくなった時」
「イライラし、他人に嫌がらせをしたくなった時」
「自分のメリットのために、他人を誘導したりコントロールしたくなった時」
「嘘をついた方が、お得!と思える時」
「幸せそうな人や、自分より優れていそうな人を見て、陰口や批判をしたくなった時」

1度立ち止まり、
「本当に、そうすることがお得か?」
「長い目で考えた時、自身の世界観まで考慮して考えたとき、本当に、そうすることがお得か?」
「今、目先のメリットのために、そうすることは、長期的には己の世界観が{負の世界観/恐い世界観}となっていくことに繋がるため、結果的に自らを苦しめることに、なるのではないか?」
と自問してみるのも、悪くはないのかもしれません。


私達は1人1人は、物理的には、皆が、同じ現実の世界を生きてはいるのですが、私達1人1人は結局、自ら作り出している己の世界観の中で、生きている側面も多々あるようなのです。

だからこそ、皆が、物理的には同じ現実の世界を生きてはいるものの、当人の世界観が{負の世界観/恐い世界観}であれば、その当人は、己の世界観の中で、1人で闘い続ける人生を歩みながら「人生は苦労や苦しみが多く、良いことなんてないな。」と嘆くことにもなる場合が、あるのかもしれません。

一方、当人の世界観が{愛に満ちた世界観}であれば、その当人は、己の世界観の中で、愛を感じながら、愛に満たされながら、愛に包まれながら人生を歩みつつ「人生って、暖かくて優しくて、素敵だな~。ありがとう!」と感謝しながら、生きていくことになるのかもしれません。

両者とも、物理的には同じ現実の世界を生きてはいるものの、世界観が違うため、見えている世界も、感じている世界も異なり、だからこそ人生における「選択/行動」などが異なることになり、人生で経験する事柄も感情も、異なることになるようです。




・・・・・・・・
「割り込まれた時はムっとしたけど、あの人には、なにかしらの急ぎの用事があったのかもしれないな。もしかしたら、家族が緊急入院したのかもしれないし、もしかしたら、どうしても遅れることの出来ない仕事の案件があったのかもしれない。」
そう、考えるようにしてみました。

{最初から割り込む目的にて、空いている隣車線(この先、右折となる車線)を猛スピードで進み、ギリギリになって直進レーンである私の前に割り込んできた!}と考える方が賢く、、、相手への理解に努めようとし、思いやりの心から考えることは、一見、理屈に適っていない要領の悪い考え方のように思えたのですが、己の世界観のことまで考慮すると、悪くはない考え方のようにも思え、そう考えるようにしました。

「急いでいる時は、そういった運転をしてしまうこともあるよね。私も、そうだし・・。」
そう、考えてみると、割り込んできた方へのイライラした感情がすぅ~と消えていき、と同時に、心の中に、優しくて、暖かな感情が、かすかに湧きあがってきたのを感じたのでした。

他人のことを理解しようと努め、他人に対する理解が深まると、‘愛’という感情が芽生えてくる・・。


いつもならば、自分の無意識の思考に気がつくことができず、だからこそ、ただただずっと、ネチネチと「あの人は、自分のことしか考えていない!そのせいで、危なく交通事故をしかけて・・(グチグチ)」と愚痴を言い続けることになり、車内にて、1人で勝手にイライラした感情を感じ続けることになるからでしょうか。

自分の心の状態の‘(いつもとの)違い’が大きかったため、些細な1場面ではあったものの、個人的には印象に残る出来事となったのでした。


~人生観が変わる世界観~
<writer 名無き仙人>





バス男「人生観が変わる世界観かぁ。」

バス子「素敵な行いをしていたら、素敵な世界観になっていきそうね。」

仙人「短期的で、利己的な自分の{考え}に気がつけた時は、「長い目で考えた時、自身の世界観まで考慮して考えたとき、本当に、そうすることがお得なのかな?」と自問してみるのも、悪くはないのかもしれぬのぉ。」







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