夢/理想/目標を邪魔する自己犠牲

■夢/理想の生き方や人生/目標/目的を諦めきれない!夢を追いかける罪悪感。天職/転職/仕事/恋愛/婚活/結婚生活


夢/理想/目標を邪魔する自己犠牲


バス男「はぁ。本当は、僕には夢があるのだけれど。やっぱり、夢を追いかけるなんて自己中心的すぎて駄目なのかなぁ?」

バス子「バス男さんは仙人の【夢/理想/目標を邪魔する自己犠牲】の話、聞いていないの?」

バス男「仙人様の【夢/理想/目標を邪魔する自己犠牲の裏に潜む心理と法則とは?】の話?」

バス子「うん。仙人が言うにはね・・」







~夢/理想/目標を邪魔する自己犠牲の裏に潜む心理と法則とは?~

1.夢/理想/目標を邪魔する自己犠牲

①周りが自分に望んでくる人生を生きるアリ男の事例

■「働かないアリも多いようだから、その分、俺が生産活動を、もっと頑張らなきゃ!」

これは、とあるアリ国の物語です。

アリ国家に住むアリ男は、ダンスが好きな雄アリでした。
彼は子供の頃、音楽がかかると、いつも嬉しそうに踊っていたのでした。

それが、大人になると。
踊る機会がなくなっていくのでした。

なぜならアリ男は、「働かないアリも多いようだから、その分、俺が生産活動を、もっと頑張らなきゃ!」と、頑張って働き続けているため、踊る時間的余裕も、精神的余裕も、ないからでした。

そんなアリ男を見ながら、アリ爺は「昼キャバに行くために年金をもっと増やせー!(ワシらの年金額アップのために、若者はもっと働き税金を納めろー!)」と、言いつつ、昼キャバに通い続けているようでした。


アリ男は「俺が支えなきゃ!」という使命感のもと、自己犠牲の感情を強く感じつつも嫌々、△△の仕事をし続けているようでした。

本当は、もっと踊りたいのに、アリ男の頭の中では、

「俺が、ダンサーなんて、あんな生産性のないことに従事したら、アリ国が滅んでしまうだろ!?」
「俺が、‘踊る’なんて、あんな生産性のないことに時間を使えば、アリ国が滅んでしまうだろ!?だから休日も踊るのではなく仕事しなきゃ!」
「それに、親だって、△△の仕事をしなさい!と言ってくるし。」
「また、世の中だって、「少子高齢化だ!働く人間が減っている!税収入が足りない!大変だ!(若者は働いてもっと多くの税金を納めろ!)」と言うから、俺が自己犠牲の元、生産活動に頑張らなきゃ!踊ってる暇なんてない!」

といった声が聞こえてきて・・アリ男は踊ることなく、ひたすら、働き続けているようでした。


<周りが自分に望んでくる人生を生きる>

アリ男の頭の中では、「働け!働け!踊っている暇なんてないぞ!お前が嫌々でも△△の仕事を頑張り続けなければ、アリ国が滅んでしまう!」といった、声なき声が聞こえてきているようでした。
そのためアリ男は、本当は、もっと踊りたいのに、踊ることなく、今日もひたすら働き続けるのでした。強い強い、自己犠牲の感情を感じながら。


さて、そのようなアリ国に。
奇妙な伝染病が流行し始めたようでした。

病名は「飛行機や船を作りつつ、アジアの各地で滞在して遊びたい病」です。

これは、大変困った伝染病ですが、次から次へと、働き盛りの雄アリ達が感染していったようでした。

そう。
この「飛行機や船を作りつつ、アジアの各地で滞在して遊びたい病」は、働き盛りの雄アリだけに感染する病気のようなのでした。


奇妙な伝染病が流行したせいで。
アリ国の、働き盛りの雄アリ達は、皆、国家の税金によって大量に作り出された船に乗り、アジア各地(フィリピンアリ国家/満州アリ国家/パラオアリ国家etc)に出ていってしまいました。

さらには、「仕送りとして、食料や服、エアガンを、アリ国から俺達の元へと送ってくれ!」とワガママを連発して。
それだけではなく雄アリ達は、プラモデルの趣味範囲ですれば良いのに、税金によって無駄に飛行機や船を、大量生産し続けるのでした。

そんな、雄アリ達を見て。

「もうっ、雄アリ達は、本当にバカね。」
雌アリ達は、しかたないため、頑張ってアリ国にて生産活動を続け、食料や服、エアガンなどを、アジア各地に出ている雄アリ達に仕送りし続けるのでした。

働き盛りの雄アリ達が国内から消えてしまったため。
税金の余裕は減り、年金も削減され始めたため、アリ爺は昼キャバに行くのを我慢し始めたようでした。


奇妙な伝染病が流行し始めた当初。
TVや新聞では「働き盛りの雄アリ達が国内から消えてしまえば、誰が生産活動をするんだ!?きっと食料不足に陥って、餓死者が続出するはずだ!大変だ!大変だ!アリ国が滅びる!」と不安を煽るニュースがたくさん出てきていたようでしたが。

それでもっ!!
アリ国では、餓死者は出てこなかったようでした。

世の中は、「働き盛りの雄アリ達が国内から消えてしまえば、誰が生産活動をするんだ!?あぁ、もうアリ国も終わりだ・・。」と絶望していたのに。
働き盛りの雄アリたちが全員、国外に出ていき{仕送りしてもらう側}になっても、さらには無駄に税金で飛行機や船を作り続けても、ついには餓死者は出なかったようですし、アリ国もまわり続けたようでした。


その頃、アリ男は、南の島付近の海上にて。
船の上で、望遠鏡で監視活動を続けながら、国内から仕送りされてきたお米で作ったオニギリを食べつつ、「あれ?俺が生産活動に従事しなくても・・・国って、まわっていくんだなぁ。あっ、そうだったの。(じゃあ、もっと踊れば良かったー)」と思ったようでした。


「なんだ。「働かないアリも多いようだから、その分、俺が生産活動を、もっと頑張らなきゃ!」と思い今まで頑張ってきたけど・・。俺が、というか俺も含め、働き盛りの雄アリ達の多くが働かなくても、餓死者は出てこないし、アリ国はまわっていくんだ。あぁ、そうだったのか!」
アリ男は、「俺が、ダンサーなんて、あんな生産性のないことに従事したら、アリ国が滅んでしまうだろ!?」「俺が、‘踊る’なんて、あんな生産性のないことに時間を使えば、アリ国が滅んでしまうだろ!?だから休日も踊るのではなく仕事しなきゃ!」という自身の‘思い込み’から自由になれたことが嬉しかったのか?

甲板(船のデッキ)に降りていき、久方ぶりに踊ったのでした。

どこまでも続く大海原を見渡しながら、大自然の豊かさに感謝しながら、喜びの舞を、


喜びの舞を、

アリ男は踊り続けたのでした。



②夢を追いかけて良いの?~夢/理想/目標を邪魔する自己犠牲~
■書籍/働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書) などにもあるとおり。

アリは、全員が全員、外に出ていき直接的な生産活動(エサの調達)をすることはないそうです。

例えば100匹のアリがいれば、100匹全員が、直接的な生産活動(エサの調達)を頑張り続けることはありえないそうです。
何割かのアリが外に出ていき直接的な生産活動(エサの調達)を行えば、まるでバランスをとるかのごとく、何割かのアリは必ず、巣に残るそうです。


アリ男は「働かないアリ(エサの調達を頑張らないアリ)も多いようだから、その分、俺が直接的な生産活動(エサの調達)を、もっと頑張らなきゃ!」と思い、一生懸命に働き続けているようでした。

しかし、アリ男が外に出ていき直接的な生産活動(エサの調達)を頑張り続ければ。
その分、他のアリが直接的な生産活動を頑張らなくなる、、、まるでバランスをとるかのごとく・・。


★夢/理想/目標を邪魔する自己犠牲★
~誰かが頑張れば、その分、誰かが頑張らなくなる。バランスの法則の中にいる限り~


私は「働かない人も多いようだから、その分、私が生産活動を、もっと頑張らなきゃ!」という思いもあり、一生懸命に働き続けているのでした。
それは会社員の頃から、未だに、そうなのでした。

本当は、もっと趣味の釣りだってしたいのに、頭の中では、

「私が、釣りプロなんて、あんな生産性のないことに従事したら、国が滅んでしまうだろ!?」
「私が、‘釣り’なんて、あんな生産性のないことに時間を使えば、国が滅んでしまうだろ!?だから休日も釣りに行くのではなく仕事しなきゃ!」
「それに、親だって、△△の仕事をしなさい!と言ってくるし。」
「また、世の中だって、「少子高齢化だ!働く人間が減っている!大変だ!(若者は働いてもっと多くの税金を納めろ!)」と言うから、私が自己犠牲の元、釣りに行くのを我慢して、生産活動に頑張らなきゃ!釣りに行っている暇なんてない!」

といった声が聞こえてくることもあって・・私は、ひたすら、働き続けているのでした。

頭の中では、「働け!働け!釣りなんてしている暇はないぞ!お前が嫌々でも△△の仕事を頑張り続けなければ、国が滅んでしまうだろうが!?(若者は働いてもっと多くの税金を納めろ!)」といった、声なき声が聞こえてきていて。
そのため私は、本当は、もっと釣りだってしたいのに、釣りに行くことなく、今日もひたすら働き続けているでした。強い強い、自己犠牲の感情を感じながら。

強い強い、自己犠牲の感情を感じながら。

強い強い、自己犠牲の感情を感じながら・・・。





戦時中は、働き盛りの男性がアジア各地(フィリピン/満州/パラオetc)に出ていき、生産活動をしていなかったのに。
さらには税金で戦闘機や戦艦、銃などばかりを作り続け、税金の無駄使いをしていたのに。

それでも餓死者は(補給路が断たれた戦地を除き)出なかったし、国もまわっていたよね。

本当はいったい、どれだけの人が直接的な生産活動に従事すれば、人間は食べていける生き物なのだろうか?

日本経済と世界経済の真実にもあるとおり。
もしかしたら現代社会は、余裕があり余っているのかもしれないね。


「日本経済と世界経済の真実って、{スポーツ活動を、全部、生産活動に変えたら、どうなる?}って記事でしょ。」

うん。
現代人がスポーツに費やしている、莫大な{時間/お金/エネルギー}を、食料生産活動に費やせば、食料はあり余ってしまうのかもしれないね。
今ですら、廃棄している食料は、ものすごい量だとも聞くよね。


<現代社会は、余裕があり余っている>
それも、そのはず・・なのかもしれないね。

今現在は、働き盛りの男性達が皆、国内にて生産活動に従事しているよね。
戦時中と比べて考えてみてよ。ものすごいことだと思わない?

何百万人~何千万人もの、
働き盛りの男性達が、皆、国外で非生産活動をし{仕送りをしてもらう側(つまり年金を貰う年配者のように養われる側)}になっていた戦時中のケースと、働き盛りの男性達が、皆、国内で生産活動をし続けている現代のケースでは、生産量にも、国家としての余力にも、ものすごい差が生じると思うよ。

「少子高齢化により、働き手が減り、養われる側の年配者が増えている。大変だ!大変だ!国は、年金は、大丈夫か!?」なんて聞くけど。

戦時中は、何百万人~何千万人もの、
働き盛りの男性達が、皆、国外で非生産活動をし{仕送りをしてもらう側(つまり年金を貰う年配者のように養われる側)}になっていたのに、それでも食べていけていたようだね。


知能的にも肉体的にも、ものすごく働けて生産活動を行える働き盛りの男性達皆が。
今は戦時中と違い、日々、国内で働いて生産活動を行っているんだ。

働き盛りの男性達皆が、・・何百万人~何千万人もの働き盛りの男性達が、国内からいなくなって、{仕送りをしてもらう側(つまり年金を貰う年配者のように養われる側)}になっても、それでも皆、食べていけていたのに。

それが、だよ?
働き盛りの男性達皆が、・・何百万人~何千万人もの働き盛りの男性達が、今では国内で、毎日・毎日、生産活動をし続けているのだよ。

この差は、ものすごい差なのかもしれない。
当然、衣食住に関しては生産が過剰になってしまうから、サービス業などに従事する人も増えてくるよね。
何百万人~何千万人もの働き盛りの男性達が、仕送りをしてもらう側(つまり年金を貰う年配者のように養われる側)であった戦時中ですら、衣食住も、なんとかまわっていたのだから。


「うーん。言われてみれば確かに。・・本当はいったい、どれだけの人が直接的な生産活動に従事すれば、人間は食べていける生き物なのだろう?」

そういった疑問も、もってしまうよね。

本当は、余裕があり余っているから、「失業率が」とか、「就職先がない」とか、「ニート増加」とか、「フリーターの増加が」とか、そういった話が出てきているのかもしれない。

本当は、余裕があり余っているから。
「なんとか食いつないでいくだけ」では駄目とされ、「あなたの夢はなんですか?」とか、子供も大人も、聞かれることになっているのかもしれない。


「あなたの夢はなんですか?」
世の中が、食べていくだけで必死であれば、そんな質問は出てこないよね。


「あなたの夢はなんですか?」
本当は、世の中に余裕があり余っているから「なんとか食いつないでいくだけ」では駄目とされ、「あなたの夢はなんですか?」などと聞かれることになっていて・・。
私達は、そう質問をされることで「あぁ、ただ食いつなぐだけでは駄目なんだ。なにか、特別なことを成し遂げなければ駄目なんだ。」と強迫観念のように思い込むことに、なっている側面もあるのかもしれない。


「私の夢?食いつなぎ、なんとか生活を続けていくことです。それが私の夢です。」
どうして、そう答えると、怪訝な顔をされるのだろうか。
それは、本当は、世の中に余裕があり余っているからなのかもしれない。


・・余裕が、有り余ってしまうよね。
何百万人~何千万人もの働き盛りの男性達が、今では生産活動をし続けているわけで。
さらには、戦後、何十年も経ち、焼け野原から、つまりゼロから工場や建物、家などを作る必要がもうなく、

戦闘機や戦艦のために多大な税金を使う必要もなく、

機械化やITなども進化していて・・

余裕が有り余ってしまうよね。


「少子高齢化だ!働く人間が減っている!大変だ!(若者は働いてもっと多くの税金を納めろ!でないと国が滅びる!)」
「少子高齢化だ!働く人間が減っている!このままでは年金は払えなくなる!(年配者は飢え死にするしかない!)」
そういった、声無き声が、聞こえてくることもあるのかもしれないけれど。

{少子高齢化により、働く人間が減っている}なんてものでは、なかったのかもしれないね。戦時中は。

何百万人~何千万人もの働き盛りの男性達が、生産活動に従事することなく、・・・つまり働かずに、年金を貰う年配者のように養われる側になっていたのだから。
さらには戦闘機や戦艦のために多大な税金を使い続けていたのだから。

それでも。
戦時中に、年配者を養っていけないから、年配者を次から次へと{おばすて山}に捨てていった・・なんて話は、聞いたことがないよね。

戦時中は、何百万人~何千万人もの働き盛りの男性達が、生活活動を行うのではなく、年金を貰う年配者のように養われる側になっていたのに。
さらには戦闘機や戦艦のために多大な税金を使い続けていたのに。
それでも、年配者含め、皆、食いつないでいくことが出来ていたよね。



「少子高齢化だ!働く人間が減っている!大変だ!(若者は働いてもっと多くの税金を納めろ!でないと国が滅びる!)」
「少子高齢化だ!働く人間が減っている!このままでは年金は払えなくなる!(年配者は飢え死にするしかない!)」
そういった、声無き声が、聞こえてくることもあるのかもしれないけれど。

それは、誰が、なんの目的で、声無き声として発している‘声’なのだろう。

生活水準を下げなさいのとおり、生活水準と‘幸せ’を切り離しているのであれば。
少子高齢化も、過度/過剰に、恐れる必要はないのかもしれないね。



本当は、この世界は、もっと豊かな世界なのかもしれないね。

君がなにも、

「私が、釣りプロなんて、あんな生産性のないことに従事したら、国が滅んでしまうだろ!?」
「私が、‘釣り’なんて、あんな生産性のないことに時間を使えば、国が滅んでしまうだろ!?だから休日も釣りに行くのではなく仕事しなきゃ!」
「それに、親だって、△△の仕事をしなさい!と言ってくるし。」
「また、世の中だって、「少子高齢化だ!働く人間が減っている!大変だ!(若者は働いてもっと多くの税金を納めろ!)」と言うから、私が自己犠牲の元、釣りに行くのを我慢して、生産活動に頑張らなきゃ!釣りに行っている暇なんてない!」

と、1人で全責任を抱え込み、苦行をし続ける必要はないのかもしれないね。
関連苦行は辞めなさい(苦行は誰のため?)


バランスの法則に縛られることなく、君はもっと、自分が望む選択をしても良いのかもしれない。

「バランスの法則!?」

うん。バランスの法則の詳細に関しては、自分らしく生きるコツ(バランスの法則編)を参照して欲しいのだけれど。

例えばね。
子供へのお金教育の仕方(お金が与える影響)に詳細はあるとおり、親が頑張って働きお金持ちである場合、まるで親子間のバランスをとるかのように、子供は働かないケースも少なくないようだよ。

子供としては、「バランスの法則」の影響を受けると、仕事に頑張れなかったりもする場合があるのかもしれないね。
子供が、自分の親との関係で考えると「親が金持ちだから、衣食住は足りているし、お金はあり余っている。それなのにどうして、私まで頑張って仕事しなければならないの?頑張って働く意味や意義が見出せない・・。」と、思うことになるから。


この親子の例は、国家単位でも、そうなのかもしれない。
本当は、国家として余裕があり余っていて。

だから直接的な生産活動に対して、頑張れない、モチベーションが湧いてこない、やる意味を見出せない(だって、衣食住は足りているどころか余っているんだもん)・・

そのため、直接的な生産活動以外のことに頑張る意義を見出したり、プロスポーツ選手や芸能人、アイドルを目指す子供達も多いのかもしれない。


社会は暗黙的に「若いお前は苦しみつつも嫌々、この生産活動に従事しろ!(若者は働いてもっと多くの税金を納めろ!)」とも押し付けてくるのかもしれないけれど。
その声なき声は、「自分は楽していたいから(だから、誰かに○○の仕事をさせておきたい!)」と考えている人たちから発せられる集団マインドでも、あるのかもしれないし・・


「うん?その声なき声は、年配者達から発せられている声なき声?金持ちの会社オーナーや政治家たちから発せられている声なき声?」

さぁ、それはわからない。
もしかしたら、私達が、自分自身に、(勝手に)言い聞かせている声でも、あるのかもしれない。


でも、どちらにしろ、大丈夫なんだよ。
アリも人間も、必要が生じれば、みんなもっと頑張り始めるから。
君1人が、頑張らなくても、大丈夫なんだよ。

君はもっと、自分の望むこと、自分のしたいこと、自分の生きたい自分の人生を、自分らしく生きても良いのかもしれないね。バランスの法則に縛られることなく。


★夢/理想/目標を邪魔する自己犠牲★
<周りが自分に望んでくる人生を生きる>のではなく<自分が自分に望む人生を生きる>


もし仮に。
隕石でも落ちてきて、本当に国中、餓死者だらけとなり、直接的な生産活動の働き手が足りなくなれば、君も、皆のために、直接的な生産活動に従事する必要がでてくるかもしれない。

でも、みんなが年間120日も休日があって、土日に娯楽を楽しんでいる世の中であるうちは、君が「働かない人も多いようだから、その分、私が不本意だけど我慢して、皆が私に望んでくる(ように思える)△△の仕事に従事し、もっと頑張らなきゃ!」と心配し、嫌々、自己犠牲の感情を強く感じながらも頑張り続ける必要はないのかもしれない。

本当に皆が{食べていくこと}に困り始めれば年間120日も仕事をしない日があったり、土日に娯楽したり・・とすることは、なくなるから。

逆を言えば、年間120日も仕事しない日があって、土日に娯楽を楽しんでいるのは、困っていないからなのかもしれないね。衣食住に。

人は、本当に困り始めれば365日働くから。戦時中が{月月火水木金金}であったように。
人は、必死になればひたすら働くから。君がそうであるように。

そして人は、困ってもいないのに、365日必死で生産活動をし続けることはないようだから。バランスの法則も関係して。


例えばだよ。
文化祭の準備をしていてね、クラスの半数がアジア各地の学校に短期留学に出ていたら。
人数が足りず準備が間に合わないため、君だって、頑張って文化祭の準備に取り組むでしょう。
{頑張る意義や意味}を心の奥底で感じて、頑張って文化祭の準備に取り組むことになりそうだよね。

でもね。
文化祭の準備にて、クラスの皆が揃って文化祭の準備を頑張っていたら。
人数が足りているから、どう見ても、どう考えても、人手も足りているし、準備は余裕で間に合うように思えて・・、そうであれば君だって、文化祭の準備に頑張る意欲も、わかないかもしれない。だって、頑張らなくても間に合うのだから。

そこで先生は言う「頑張ることが大切なんです。もっと一生懸命に頑張りなさい!」と。
しかし、どう見ても、どう考えても、人手も足りているし、準備は余裕で間に合うように思えるから{頑張る意義や意味}を心の奥底では感じることができず・・・文化祭の準備にも、いまいち、やる気やモチベーションが湧いてこないのかもしれない。


「あー。確かに臨時教師時代に、どう見ても、どう考えても、人手は足りているし文化祭の準備は余裕で間に合う状況にて、生徒達に「頑張ることが大切なんです。もっと一生懸命に頑張りなさい!」と指導しても、生徒達は、いまいち、本気では頑張らなかったなぁ。生徒達も、間に合っていることを心の奥底では知っているから、{頑張る意義や意味}を心の奥底では感じることができず、頑張れなかったのかな。」

そうかもしれないね。

でね、例えばだよ。
直接的な生産活動をしていてね、国内の大多数の働き手が、アジア各地に飛行機や船で出ていき、その大多数の人たちに食料等の仕送りをせねばならなくなったら。
人数が足りず生産活動が間に合わないため、君だって、頑張って直接的な生産活動に取り組むことになるかもしれない。
{頑張る意義や意味}を心の奥底で感じて、頑張って直接的な生産活動に取り組むことになるかもしれない。

でもね。
国内の皆が揃って直接的な生産活動に頑張っていたら。
人数が足りているため、どう見ても、どう考えても、直接的な生産活動(衣食住)は間に合うように思えて・・、そうであれば君だって、直接的な生産活動に頑張る意欲も、わかないかもしれない。だって、頑張らなくても間に合っているのだから。

そこでお偉い年配者は言う「頑張ることが大切なんだ。もっと一生懸命に頑張って働きなさい!」と。
しかし、どう見ても、どう考えても、人手も足りているし、直接的な生産活動は余裕で間に合っているように思えるから、直接的な生産活動に対して{頑張る意義や意味}を心の奥底では感じることができず・・・直接的な生産活動にも、いまいち、やる気やモチベーションが湧いてこない場合もあるのかもしれない。


つまり、直接的な生産活動(衣食住)は間に合っている現在の世の中だから。
自分の中で、「働く意味/意義」などを自分なりに見つけないと、心の深い部分では「私が頑張らなくても、衣食住は間に合っているように思えるし、私が頑張らなくても衣食住が足りなくなることはないから、いまいち「働く意味/意義」を見出せないんだよね。」と思うことになり、、、

仕事に対して、いまいち、やる気やモチベーションが湧いてこなかったりもするのかもしれない。

文化祭の準備が間に合っているクラスの生徒達が、準備に対して、いまいち、やる気やモチベーションが湧いてこなかったりするのと同じく・・。



そのため、世の中や他人が、どう言おうと、批判してこようと。
みんなが年間120日も休日があって、土日に娯楽を楽しんでいる世の中であるうちは、君はもっと、自分の望む形にて社会の役に立つことを選択しても良いのかもしれない。

バランスの法則があるから。
君が、嫌々ながら、自己犠牲の感情を強く強く感じながらも頑張り続けていると。
その分誰かが、頑張らなくなることすら、ありえるのかもしれない。


例えばだよ。
文化祭の準備中、女子達が一生懸命に文化祭の準備をしていてね。
女子達が一生懸命に頑張り続けるから、どう見ても、どう考えても、準備は余裕で間に合うように思えて・・、そうであれば男子達は、いまいち文化祭の準備に頑張る意欲も、わかないかもしれない。だって、俺達が頑張らなくても間に合いそうなのだから。

そして、そのような頑張らない男子達を見て、女子達は「もうっ。男子達が頑張らないから、私達がもっと準備を頑張らなきゃ!」と、もっと頑張り続けることになるのかもしれない。

で、そのような、もっと頑張り始めた女子達を見て、男子達は「女子達がさらに頑張り始めたから、いよいよ、俺達が頑張らなくても準備は間に合いそうだな。」と思い、さらに頑張る意欲が湧かなくなるのかもしれない。

「あー。確かに自分が学生時代、そういった現象が起きていたような気もするな~。」

そうだね。
こういったことは、バランスの法則によって起きる現象のようなのだけど。

また、例えばだよ。
3人家族の中で、父親が一生懸命に仕事を頑張っていてね。
父親が一生懸命に仕事を頑張り続けるから、どう見ても、どう考えても、生活費には余裕があるように思えて・・、そうであれば妻と子供は、いまいち仕事に頑張る意欲も、わかないかもしれない。だって、‘私達(妻と子供)’が頑張らなくても、家族は十二分に生活していけるのだから。

そして、そのような頑張らない妻と子供を見て、父親は「もうっ。妻と子供が頑張らないから、俺がもっと仕事を頑張らなきゃ!」と、もっと頑張り続けることになるのかもしれない。

で、そのようなもっと頑張って働く父の姿を見て、妻と子供は「父がさらに頑張り始めたから、いよいよ、‘私達(妻と子供)’が頑張らなくても、生活費に困ることはなさそうだね。」と思い、さらに頑張らなくなるのかもしれない。

こういったことは、バランスの法則によって起きる現象のようなのだけど。


でね、例えばだよ。
国家の中で、君が一生懸命に生産活動を頑張っていてね。
君が一生懸命に生産活動を頑張り続けるから、どう見ても、どう考えても、国家には余裕があるように思えて・・、そうだったら他の皆は、いまいち生産活動に頑張る意欲も、わかないかもしれない。だって、‘私達’が頑張らなくても、国家は十二分にまわっているのだから。

そして、そのような頑張らない人たちを見て、君は「もうっ。皆が頑張らないから、私がもっと生産活動を頑張らなきゃ!」と、もっと頑張り続けることになるのかもしれない。

で、そのようなもっと頑張って働く君の姿を見て、他の人たちは「あの人がもっと頑張り始めたから、いよいよ、‘私達’が頑張らなくても、国家は十全にまわっていきそうね。」と思い、さらに頑張らなくなるのかもしれない。

こういったことは、バランスの法則によって起きる現象のようなのだけど。


つまり、私達人類が、バランスの法則に囚われている限り。
君が全責任を感じながら、1人で全責任を背負って頑張り続けても、状況は改善されにくいのかもしれない。

君が頑張れば頑張るほど、まるでバランスをとるかのように、その分、誰かが頑張らなくなったり・・
君が頑張って働き、多くの税金を納めれば収めるほど、税金(税収入)に余裕が生じ、税金の無駄使いが増えていき・・


「うん?税金の無駄使い??」

例えばね、名無き君も、お金に余裕があると、ついつい無駄使いが増えちゃうでしょ。
お金に余裕がなければ買わないものでも、お金に余裕があると、ついつい買ったり、してしまうよね。

それは、国家レベルでも、そうなのかもしれない。
国家も人間によって運営されているため、税金(税収入)に余裕が生じれば生じるほど、税金の無駄使いが増えていき・・税金に余裕がなくなり、本当に国家財政に困り始めれば、税金の無駄使いも減っていくのかもしれないね。


「なるほど。そういえば私も、給料日には無駄使いが増え、給料日前でお金に本当に困り始めた時には、無駄使いが減っていたものね。」

そういった心理も、人間にはあるのかもしれないね。


だから、君が、嫌々、自己犠牲の感情を強く強く感じながらも、1人で全責任を感じながら、頑張り続ける必要はないのかもしれない。
君が、嫌々、自己犠牲の感情を強く強く感じながらも、1人で全責任を感じながら、頑張り続けていれば、その分誰かが、「あの人が、ものすごく頑張るから、私までもが頑張る必要がないよね。」と、頑張らなくなり、税金の無駄使いも増え・・

そんな他者や国家を見て、君は「もうっ。国は税収入が足りない!と言うし、皆が頑張らないから、私がもっと生産活動を頑張らなきゃ!」と怒りイライラしつつも、休日すらも仕事にもっと頑張ることになり・・

そんな君の頑張り続ける姿を見て、「あの人がもっと頑張り始めたから、いよいよ、‘私達’が頑張らなくても、大丈夫そうね。」と、もっと頑張らなくなる他者が出てきて・・


そのため、私達人類が、バランスの法則に囚われている限り。
君が全責任を感じながら、1人で全責任を背負って頑張り続けても、状況は改善されにくいのかもしれない。

 →→  →→ 
そして、私達が思っている以上に、この世界は豊かな世界なのかもしれない。
「この世界には豊かさが足りていないんだ!」という大前提の‘思い込み’によって、この世界の‘見え方’が、歪んでいるだけでも、あるのかもしれないね。
関連行動を変える方法(「見え方」「思い込み」「あり方/行動」の関係性)


だから君は、もうバランスの法則から自由となって。
君はもっと、他者を信じて良いのかもしれない。他者はきっと、もっと頑張れるのだと思うよ。

そして君は、自分の望む形で社会の役に立つ選択をしても良いのかもしれない。
自己犠牲の感情を強く強く感じながらも、1人で「私が~~を頑張らなきゃ!(でないと世の中が上手くまわらない!)」と、頑張り続ける必要はないのかもしれないね。



「だけど、この世界には、貧困に困っている人もいて。たとえばアフリカには餓死者がいて・・だから私が頑張って直接的な生産活動に・・」

書籍/アフリカ 苦悩する大陸を読んだことあるかな?

本を読めば、アフリカの餓死の根本原因は、{この世界が豊かでないから/生産が足りていないから}ではなく、政治的な問題・・トップの人間達が富を搾取しているや、政治的な戦争・紛争・・・政治的な問題であることが、わかることになると思うよ。

つまりアフリカの貧困を救うために必要なのは、直接的な生産活動だけではなく、もっと違ったもの・・なのかもしれないね。
それは、戦争/貧困/バブル/歴史は繰り返す理由(バブル爺さん)にもあるとおり、私達の心の問題でも、あるのかもしれない。


{この世界が豊かでないから/生産が足りていないから}餓死者がでているわけでは、ないのかもしれないね。

世界観を浄化する意味では、一度読んでみるのも、悪くはないのかもしれない。

この世界に餓死や貧困がある理由が、{この世界が豊かでないから/生産が足りていないから}ではなく、私達人間の心のせいだとわかるから。


★夢/理想/目標を邪魔する自己犠牲★
<周りが自分に望んでくる人生を生きる>のではなく<自分が自分に望む人生を生きる>


歌いたければ歌っても良いんだよ。

踊りたければ踊っても良いんだよ。

釣りや、スポーツのプロになりたければ、プロを目指してコツコツと精進しても良いんだよ。

安心と約束された休日が欲しければ就職しても良いんだよ。

旅に出たければ旅に出ても良いんだよ。

夢があるなら、夢の仕事に就けるように、今のうちからコツコツと修行を始めても良いんだよ。

休日に、釣りをしたければ釣りをしても良いんだよ。

休日に、夢のために頑張りたいなら、そうしても良いんだよ。


どの道にも、どの選択肢にも、優劣はないのかもしれない。人生は人それぞれだから。

自己責任の覚悟がないと選べないため・・自己責任のもと、自分で好きな道を選び、選んだ後は他人と比較することなく、感謝しながら生きていくのも良さそうだよね。
関連依存→自立→相互依存への道(人格/人間性における、各ステップ)
ありがとう!感謝の魔法使いになる方法(私達は感謝の魔法使い)


君が「働かない人も多いようだから、その分、私が直接的な生産活動を、もっと頑張らなきゃ!」と怒り、自己犠牲の感情を強く強く感じつつ、イライラしながら人生を生きる必要はないのかもしれない。

君が、そう怒りイライラすることは、直接的な生産活動に従事していない、専業主婦や、プロスポーツ選手や、パチンコ業界の方や、ゲーム業界の方や・・つまり多くの人たちの‘生き方/働き方/貢献の仕方’を否定することに繋がるのかもしれない。

他人の不幸より幸せを願うには?(愛を広げる/他人は仲間)にもあるとおり、皆、仲間であるのに、そのような大切な仲間達の‘生き方/働き方/貢献の仕方’を否定する必要はないのかもしれないよね。

自分で選んだ道を感謝しながら幸せに生きて良いんだよ。
幸せ/幸運が、君に訪れますように。



③小鳥達の自由な姿~夢/理想/目標を邪魔する自己犠牲~
■ベランダで静かに目を瞑っていると。


チュンチュン♪


小鳥達の鳴き声にはっとし、我に返ったのでした。

聞こえてくる方に目をやると、小鳥達には、

「私が、囀るなんて、生産性のないことをしていたら、国が滅んでしまうだろ!?」
「私が、‘飛び回る’なんて、生産性のないことに時間を使えば、国が滅んでしまうだろ!?」
「それに、親だって、~~と言ってくるし。」
「また、世の中だって、「~~」と言うから、私が自己犠牲の元、・・・」

などはなく・・楽しそうに囀りながら自由に飛び回っているように、思えたのでした。


「本当は、自然界には、自己犠牲の感情を強く強く感じながら、1人で全責任を感じつつ、嫌々従事しなければならない・・でないと滅びる、、、なんてものは、ないのかな~」
小鳥達の様子を眺めながら、そんなふうにも思ったのでした。



~まとめ~
★夢/理想/目標を邪魔する自己犠牲
→世の中が「少子高齢化だ!働く人間が減っている!大変だ!(若者は働いてもっと多くの税金を納めろ!でないと国が滅びるぞ!)」「少子高齢化だ!働く人間が減っている!このままでは年金は払えなくなる!(年配者は飢え死にするしかない!)」と言ってくるから。
私達は、自己犠牲の感情を強く強く感じながら、1人で全責任を感じつつ、嫌々、「働かない人も多いようだから、その分、私が直接的な生産活動を、もっと頑張らなきゃ!」と頑張り続けていることも、あるのかもしれない。

しかし、私達人類が、バランスの法則に囚われている限り。
私達が全責任を感じながら、1人で全責任を背負って頑張り続けても、状況は改善されにくいのかもしれない。

人類が、バランスの法則に囚われている限り。
誰かが頑張れば、その分、誰かが、頑張らなくなることも、あるようだから。


★夢/理想/目標を邪魔する自己犠牲
→この世界に必要なことは、もっともっと!と、直接的な生産活動を頑張り続けること・・というよりも。
心に関する、ことなのかもしれない。

私達人類が、バランスの法則から自由となり。
{恨み、妬み、嫉妬、陰口、悪口、足の引っ張り合い、憎悪、復讐、仕返し、報復・・}などの非生産活動に費やしている時間・エネルギー・お金を、幸せを感じながら生産的な活動に費やすようになれば。

人類の生産力は、私達が全責任を感じながら、1人で全責任を背負って頑張り続けるよりも、向上されるものなのかもしれない。


★夢/理想/目標を邪魔する自己犠牲
→「私が、自己犠牲のもと~~~をしなきゃ!」
その声は、周りから聞こえてくる声無き声によって、作られている思い込みなのかもしれないし。

「私が、自己犠牲のもと~~~をしなきゃ!」
その声は、実は、自分が自分に言い聞かせている声無き声によって、作られている思い込みなのかもしれないし。

他者を「あの人は、非生産活動に従事していて!」と批判していれば。
言動の一貫性、つじつまを合わせるために、自分の頭の中で「そう他者を責めているのだから、自分は生産活動をし続けなければ!」という声が、聞こえてくることになるのかもしれない。


自然界には、自己犠牲の感情を強く強く感じながら、1人で全責任を感じつつ、嫌々従事しなければならない・・でないと滅びる、、、なんてものは、存在しないのかもしれない。
本当は、私達は、己の思い込みによって自分で自分を縛りつけ、自己犠牲の感情に苦しまなくとも。
自分の望む形で、この世界に貢献をしつつ生きていっても、悪くはないのかもしれない。


~夢/理想/目標を邪魔する自己犠牲~
<writer 名無き仙人>





バス男「夢/理想/目標を邪魔する自己犠牲かぁ。」

バス子「いろいろな考え方があるのねぇ。」

仙人「楽しい幸せな人生を生きていけると良いのぉ。」







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