生徒/部下の指導方法

■生徒/部下を育てる育成手法・方法とは?部下/生徒の育成・教育・指導方法。部下/生徒との人間関係構築方法とは


生徒/部下の指導方法


バス男「くっそぉ。あの上司め!今度こそ仕返しとして、、」

バス子「はぁ。私は部下/生徒との関係や指導方法に悩んでいるけど、でも、バス男さんのような部下がいないだけでも、マシかも。」

バス男「バス子ちゃ~ん。それ、どういうこと?僕は、模範的な部下なんだよ。今日だって、あの上司の理不尽な命令に対して、2回無視してやったけど、3回目には「はい!」って応えてやって、、、」

バス子「バス男さんの話を聞きながら、部下/生徒との関係を思うと頭痛くなってきた・・。仙人に【生徒/部下の指導方法】を、聞きにいってみようかしら?」

バス男「仙人様の【生徒/部下の指導方法~立場は教師/上司であっても、心の中では、 一生、謙虚に学び続ける~】の話かぁ。」







~立場は教師/上司であっても、心の中では、 一生、謙虚に学び続ける~

1.生徒/部下の指導方法

①ゴルフの練習場にて

■友人達とゴルフの練習に行った時のこと。

いつものごとく、ゴルフ初心者の私に対して、友人のA君が指導をしてくれていたのですが・・

友人A→「△△△をイメージしてスイングすると、名無きのスイングも、もっと良くなると思うよ。」

→「え?・・でも、前回の練習のときは「×××をイメージしてスイングする」って、言わなかった?」

友人A→「ごめん、俺が間違ってたみたいなんだ。本当は「△△△をイメージしてスイングする」だったみたい。俺のゴルフの先生が、「△△△をイメージしてスイングする」と言ってたから。」

→「もうっ(`ε´)ぶーぶー じゃあ、その時、右腕はどう意識すれば良いの?」

友人A→「・・うーん。それは、わからない。」

→「わ、わからない!? (∴`┏ω┓´)/コラァー!!」


私は、ゴルフを教えてくれているA君に対して、プンスカ怒りながらも・・少し休憩をとることにしたのでした。

「ふぅ~・・」
スポーツドリンクを飲み、ベンチに座って休憩をしていると、気持ちも落ち着いてきたのでした。


‘先生’であるA君のゴルフスイングを、ベンチに座りながらぼ~っと見ていると・・私の頭の中では、さきほどのA君のセリフが、再生されていたのでした。

「ごめん、俺が間違ってたんだ。」
「うーん。それは、わからない。」

ゴルフにおいて、‘先生/上司’役を担ってくれているA君は、‘生徒/部下’となっている私に対して、謙虚に「ごめん、俺が間違ってた。」と謝り、正直に「うーん。それは、わからない。」と言うのでした。
なんでも知っている、偉そうなふりをすることなく・・。

「うーん。」
‘先生’、そして‘生徒’・・どうも、思考が臨時教師時代の思い出とリンクしたようで、、、



②尊敬されない教師の事例~生徒/部下の指導方法と人間関係構築~
■臨時教師時代。

‘先生’の立場であった私は、‘生徒’である中学生達に対して、なんでも知っている、偉そうなふりをしながら接していたのでした。
「先生なんだから、偉い人なのだろうし、なんでも知っているよね?」という無言の期待を前提にもたれたうえで、生徒達より、見られていたからでもありました。

そのため、私は生徒達に対して、「ごめん、私が間違っていた。」「うーん。それは、わからない。」という、たったそれだけのことを、素直に言えなかったのでした。

なんでも知っていて、なんでもわかっている偉い人を演じながら、、、間違って失敗をしても、間違っていないふりをして、間違いを誤魔化しながら・・私はそう、校内で振舞っていたのでした。


「先生なのに、知らないの?」
生徒達より、そう言われるのが、恐くてしかたなかったのでした。

「先生なのに、わからないの?」
そう思われると、教師としての信用をなくしそうで恐かったのでした。

「先生なのに、間違った!」
そうなれば、信頼がなくなりそうで恐くて恐くて・・、だから間違って失敗をしても、間違っていないふりをして、間違いを誤魔化していたのでした。


しかし。
はっきり言って、私が知っている(興味ある)のは、釣りのことくらいであって・・新米のなんちゃって臨時教師である私は、肩書きや立場は‘教師’であるけれど、実際はただの無能者であって・・

しかしだからこそ、化けの皮が剥がれることが恐くて恐くて・・

私は、なんでも知っていて、なんでもわかっている偉い人を演じながら、、、間違って失敗をしても、間違っていないふりをして、間違いを誤魔化しながら・・教壇に立ち続けていたのでした。

そして、そのせいで、自分自身が苦しむことになっていたのでした。

わからないのに、わかっているふりをして。
いろいろと知らないことだらけなのに、なんでも知っている偉そうなふりをして。
私だって多々間違うのに、間違えが許されない気がして・・・失敗を恐れつつ間違えないように!とし続けることは、とても苦しいことなのでした。

失敗が許されない、なんでも知っている偉そうなふりをしないといけない立場に、{偉い先生}の立場に、自分自身を追い込むことは、窮屈で自由がなく、とても苦しいことなのでした。


また、‘先生’の立場であった私は、‘生徒’の悪い部分を偉そうに上から目線で注意し、指導していたのでした。
そして‘生徒’の悪い部分を偉そうに上から目線で注意するから、自分は益々<{間違い/失敗}が許されない偉い立場>に追いやられていくことになり・・苦しむことになっていくのでした。


授業の合間の休憩中。
「はぁ。私には教師は無理だよ。だって私は、実際はただの無能者であって、人様に、なにかを教えるなんて、知識の面でも、経験の面でも、人間性の面でも、出来ないんだもん。生徒達には悪いけど、私にはまだまだ、自分が生徒として学ぶことがたくさんありすぎる気がする・・」
そう落ち込み、それでも仕事であるから、そうは言ってられないため、「はぁ~」とため息をつきながら、再び職員室へと戻っていくのでした。



③上司/教師の役割と仕事とは?~生徒/部下の指導方法と人間関係構築~
■そして、今は・・

webサイト上で、自称‘仙人’の立場をとって、なんでも知っている、偉そうなふりをしながら記事を書いているのでした。
「仙人なんだから、偉い人なのだろうし、なんでも知っているよね?」という無言の期待をもたれることになる可能性があるにも関わらず、自分に自信がないからこそ、自ら偉そうに‘仙人’を名乗り、‘仙人’という肩書きによって、信頼を得ようとしているのでした。

そのため、私は未だに、相変わらず「ごめん、私が間違っていた。」「うーん。それは、わからない。」という、たったそれだけのことを、素直に言えないでいるのでした。


なんでも知っていて、なんでもわかっている偉い仙人を演じながら、、、間違って失敗をしても、間違っていないふりをして、間違いを誤魔化しながら・・私は記事を書いているのでした。


「仙人なのに、知らないの?」
そう言われるのが、恐くてしかたないのでした。

「仙人なのに、わからないの?」
そう思われると、仙人としての信用をなくしそうで恐いのでした。

「仙人なのに、間違った!」
そうなれば、信頼がなくなりそうで恐くて恐くて・・、だから間違って失敗をしても、間違っていないふりをして、間違いを誤魔化し続けているのでした。


しかし。
はっきり言って、未だに私が知っている(興味ある)のは、釣りのことくらいであって・・なんちゃって自称‘仙人’である私は、web上では‘名無き仙人’であるけれど、実際はただの無能者であって・・

しかしだからこそ、化けの皮が剥がれることが恐くて恐くて・・

私は、なんでも知っていて、なんでもわかっている偉い人を演じながら、、、間違って失敗をしても、間違っていないふりをして、間違いを誤魔化しながら・・記事を書き続けているのでした。

そして、そのせいで、自分自身が苦しむことになっているのでした。

わからないのに、わかっているふりをして。
いろいろと知らないことだらけなのに、なんでも知っている偉そうなふりをして。
自分も多々間違うのに、間違えが許されない気がして・・・失敗を恐れつつ間違えないように!とし続けることは、とても苦しいことなのでした。

失敗が許されない、なんでも知っている偉そうなふりをしないといけない立場に、{偉い仙人}の立場に、自分自身を追い込むことは、窮屈で自由がなく、とても苦しいことなのでした。


また、偉そうに‘仙人’を気取る私は、‘世の中/他者’の悪い部分を偉そうに上から目線で指摘し、批判記事を書いているのでした。
そして‘世の中/他者’の悪い部分を偉そうに上から目線で指摘し批判するから、自分は益々<{失敗/間違い}が許されない偉い立場>に追いやられていくことになり・・苦しむことになっているのでした。


記事書きの合間の休憩中。
「はぁ。私には仙人は無理だよ。だって私は、実際はただの無能者であって、人様に、情報をお伝えするなんて、知識の面でも、経験の面でも、人間性の面でも、出来ないんだもん。私にはまだまだ、自分が生徒として学ぶことがたくさんありすぎる気がする・・」
そう落ち込み、それでも仕事であるから、そうは言ってられないため、「はぁ~」とため息をつきながら、再びパソコンの前へと戻っていくのでした・・。




私達は、年をとるにつれて、‘立場/肩書き’は偉くなっていく傾向にあるのかもしれないね。

私達は、年をとるごとに。
偉い立場である上司となって部下を育てたり、親として子供を育てたり、・・も仕事の1部となっていく傾向にあるのかもしれない。

だけどそのことは、役割/仕事の1つに「~~を育てる」が加わっただけで。
役割が加わった瞬間に、‘立場’が変わった瞬間に、その瞬間に、急に自分の人間性・人格が偉くなるわけでもないし、なんでも知っている偉い人に、なるわけでは、ないのかもしれない。

だからこそ、
「ごめん、私が間違っていた。」
「うーん。それは、わからない。」
を言える‘謙虚さ’がないと、失敗が許されない、なんでも知っている偉そうなふりをしないといけない立場に、{賢いキャラ/偉い人}の立場に、(心の中で)自分自身を追い込むことになり、自分自身が苦しむことになるのかもしれない。


<なんでも知っている偉い人でいなきゃ!間違わないように、しなきゃ!>
立場が変わると、そう思うこともあるのかもしれないけれど、それは、自分が自分に対して、心の中で勝手に課していることでもあるのかもしれない。


また、「なんでも知っている偉い人でいなきゃ!間違わないように、しなきゃ!」と自分に課せば、賢いフリをしなければならなくなり、失敗を避けてばかりとなり・・賢いふりをし失敗を避けていれば、{間違い/失敗}から学ぶチャンスも得られなくなり、すると自分の世界が、どんどん狭くなっていくこともあるのかもしれない。


人生の失敗と成功から学ぶ名言(「人生」が教えようとしている‘教え’の本質部分)のとおり。
私達人間は、人生において、机に座って学ぶ・・というよりも、{間違い/失敗}から学ぶ生き物でも、あるのかもしれない。

学校では間違いをしないと頭が良いと思われるけど、人生では、間違いをおかし、そこから学ぶことが出来てはじめて頭が良いといえそうだよね。

だから{賢いキャラ/偉い人}を自分に課すと、ダサいことが出来なくなり、‘ダサい’ことである失敗が出来なくなり、学ぶチャンスも失ってしまうことに、なるのかもしれない。


そもそも、‘学校’では「正しい答えは1つだけ」だけど、私達の人生では、人それぞれで正しい答えが異なるよね。

他者とは同じになりようがない、スーパーオリジナルな唯一無二の存在である自分の、自分にとっての「幸せ」。自分にとっての「理想の生き方/人生」。

そういった、自分にとっての答えを、人生では自分で見つけていく必要がありそうだよね。
手探り状態の中、試行錯誤をしながら、失敗もしながら、失敗から学びつつ、自分で見つけていく必要がありそうだよね。

それなのに、{賢いキャラ/偉い人}を自分に課すと、(ダサい)失敗が出来なくなり・・失敗が出来なくなると、思考錯誤が出来なくなり・・思考錯誤が出来なくなれば、自分にとっての答えを、人生の中で見つけていくことが出来なくなり・・
その結果、自分オリジナルな答えがわからないから、他人たちが作り提案している答え<常識>に、従うことになり、自分の人生なのに<他人の意見、一般的に言われている幸せ、常識>などから、人生が縛られてしまうことにも、なるのかもしれない。


そのような意味でも、表面上の‘立場/役割/肩書き’に縛られることなく、心の中では「生徒」であり続け、謙虚に学び続けていくのも、良いのかもしれない。

わからないことに対しては、知ったかぶりをすることなく「わからない。知らない。」と正直に言える謙虚さ。
知らないことに対しては、わかっているふりをすることなく「(知識不足のため)知らないので、ご教授下さい。」と言える謙虚さ。
「もしかしたら、自分も間違っているのかもしれない」と素直に自省し、失敗から‘教え’を学びとる謙虚さ。

そういった謙虚さを持ち続けて生きる方が、自分自身が救われることになるのかもしれないね。{賢いキャラ/偉い人}を自分に課すよりも・・。


そしてまた、自らを{偉い人}に追いやり、生徒/部下/他者/世の中の、悪い部分を上から目線にて指摘し批判するのではなく。
自分は、人生という名の教師から、そして賢者から、‘教え’を学び続ける生徒でい続けるのも良いのかもしれない。

書籍/あるヨギの自叙伝の著者であるヨガナンダ先生は、師であるグルを立て、師から教えを学び続ける生徒でいらっしゃった。
ヨガナンダ先生ご自身が、あれほど偉大なる先生であるのに・・。

書籍/金持ち父さん貧乏父さんの著者であるロバート・キヨサキ先生は、師である金持ち父さんを立て、師から教えを学び続ける生徒でいらっしゃった。
ロバート・キヨサキ先生ご自身が、あれほど偉大なる先生であるのに・・。

A君も、自分のゴルフの師を立て、師から教えを学び続ける生徒でいる。
A君自身も、既に上手なゴルファーであるのに・・。



<学校では間違いをしないと頭が良いと思われる。人生では、間違いをおかし、そこから学ぶことが出来てはじめて頭が良いといえる。>
臨時教師時代、人格者であられた先生方は、素直に間違いを認め謝られていたよね。

先生は役職者であって、年齢的にも、偉ぶり驕った態度でいても、誰からも文句を言われない立場であったけれど。
それでも先生は、謙虚に間違いを認め謝られていた。

先生は、実際に職業も先生であり、偉大なる先生であったけれど。
先生は、心の中では、一生、学び続ける生徒でいたのかもしれない。
肩書きや立場は偉くなっても、心の中では学び続ける生徒でいたため、あれほど謙虚でいらしたのかもしれない。



年をとると、‘立場/役割/肩書き’は偉くなっていくこともあるけれど・・

心の中まで{偉い人}になってしまうのではなく、心の中では、
一生、謙虚でいる。
一生、生徒でいる。
一生、失敗から学び続ける生徒でいる。

その「一生、謙虚に学び続ける」という後ろ姿を見せることが、「模範を示す」という‘教え’になるのかもしれない。

臨時教師時代。
部下であり生徒であった君が、先生の「一生、謙虚に学び続ける」という後ろ姿を見たことで、学んだように・・。



④信頼/尊敬される上司・教師の特徴と条件~生徒/部下の指導方法と人間関係構築~
■「一生、謙虚に学び続ける・・か。」

謙虚さがない私は、自分に自信をもてずにいる私は、見下されるのが恐くて、バカにされるのが恐くて、
「ごめん、私が間違ってたんだ。」
「うーん。それは、わからない。」
と言えないでいるのでした。

そして、そのせいで<わからないのに、わかったフリをして情報提供をする/間違いを誤魔化す>をすることになり、迷惑をかけ・・<わからないのに、わかったフリをする/間違いを誤魔化す>ため、不信感をもたれ、嫌われることになっているのでした。
関連他人を見下す心理と世界観(世界観を愛深いものに変えていく)


一方、謙虚さがあり、内面の安定性をもっているA君は、
「ごめん、俺が間違ってたんだ。」
「うーん。それは、わからない。」
と言うことができ、そのお陰で、先生の役割を担ってはいるけれど、自分自身が苦しむこともないし、<わからないのに、わかったフリをして教える/間違いを誤魔化す>をしないために、生徒である私にも、迷惑をかけないでいるし・・

私は意識的もしくは無意識的に、A君に対して「彼は、わからないのに、わかったフリをして教えることはないし、間違っていたら、正直に間違いを認め、間違っていたことを教えてくれる人だから。」と信頼感を覚えることになっているよう、思えたりもするのでした。
関連自分の人生を生きるコツ(内面の安定性/「他人の意見」と「自分の意見」)


思い返してみれば、先生も、
「すみません。私が間違っていました。」
「うーん。それは、私にもわからないな。」
と、間違えた時は間違えを素直に認め謝り、わからない時には「わからない」と正直に仰っていたのでした。

きっとその謙虚さのお陰で、教職に就いてはいたけれど、先生ご自身が、<なんでも知っている偉い人でいなきゃ!間違わないように、しなきゃ!>と自分に課し、苦しむこともなかったであろうし。
<わからないのに、わかったフリをして教える/間違いを誤魔化す>をしないため、生徒達にも、同僚であり部下であった教師達にも、迷惑をかけないでいらしたように、思えたのでした。

また、<わからないことは正直に「わからない」と言う/間違いがあれば素直に間違いを認め謝る>をされるから、生徒からも教師からも、長期的には信頼されることになっているように思えたのでした。


「うぅ。反省点ばかりだ(TmT)ウゥゥ・・・」
反省点が多すぎて、なにから改善に取り組めば良いかわからないほど、なのですが、、、少しづつでも改善していけるよう精進していけたら・・とも思いつつ、

休憩を終え、再びゴルフの練習に戻ったのでした。



~まとめ 生徒/部下の指導方法と人間関係構築~
①心の中で‘偉い人’となって、わかっているふり、なんでも知っているふり、間違わない賢い人間であるふり・・をしていると、自分自身が苦しむことになり、また、{失敗から学ぶチャンス}をも、逃がしてしまうことがあるのかもしれない。

②心の中で‘偉い人’となって、上から目線にて偉そうに他者の悪い点を指摘し批判していると、益々自分は心の中で‘偉い人’となっていき、<なんでも知っている偉い人でいなきゃ!間違わないように、しなきゃ!>と自分に課すようになり、そのせいで自分自身が苦しむことになり、また、{失敗から学ぶチャンス}をも、逃がしてしまうことがあるのかもしれない。

③{賢いキャラ/偉い人}を自分に課すと、ダサいことが出来なくなり、‘ダサい’ことである失敗が出来なくなり、失敗から学ぶ機会がなくなり、自分の世界が、どんどん狭くなってしまう場合もあるのかもしれない。
自転車に乗れるようになるには、まずダサい失敗(乗れずにコケる)をしなければならない。ダサい失敗を避けていると、自転車に乗れるようには、ならない。

④わからないことに対しては、知ったかぶりをすることなく「わからない。知らない。」と正直に言える謙虚さ。
知らないことに対しては、わかっているふりをすることなく「(知識不足のため)知らないので、ご教授下さい。」と言える謙虚さ。
「もしかしたら、自分も間違っているのかもしれない」と素直に自省し、失敗から‘教え’を学びとる謙虚さ。

そういった謙虚さを持ち続けて生きる方が、自分自身が救われることになるのかもしれない。{賢いキャラ/偉い人}を自分に課すよりも・・。

⑤人生という名の教師から、そして賢者から、‘教え’を学び続ける生徒でい続けるのも良いのかもしれない。
その「一生、謙虚に学び続ける」という後ろ姿を見せることが、「模範を示す」という‘教え’になるのかもしれない。

⑥<わからないことは正直に「わからない」と言う/間違いがあれば素直に間違いを認め謝る>をした方が、長期的には信頼されることになり、信頼されることは愛されることにも繋がる傾向にあるようで・・結果的には、そうすることで、より良い人間関係を構築できることになるのかもしれない。

コミュニケーションの基本は人間性/人格(人間関係と信頼残高)にあるとおり。
生徒や部下も含め、他者は、人間性や人格によって積み立てていく【信頼残高】によって動く。【信頼残高】なき小手先のテクニック/指導方法では、他者(部下/生徒含む)を動かすことは出来ないのかもしれない。
※銀行残高は、口座に残っているお金の量を示し、信頼残高は、その人間関係間に残っている信頼の量を示す。


~生徒/部下の指導方法と人間関係構築~
<writer 名無き仙人>





バス男「生徒/部下の指導方法と人間関係構築かぁ。」

バス子「謙虚さが大切なのかもしれないわねぇ。」

仙人「一生、謙虚に学び続け、楽しい幸せな人生を生きていけると良いのぉ。」







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