他人との比較から自由になりたい

■他人と自分を比較してしまう理由や心理/他人と比較しない方法とは/自由に生きたい/自由人の特徴/人と比べる


他人との比較から自由になりたい


バス男「合コンしている隣の席が気になって仕方ないよね。ね、バス子ちゃん。幸せそうなあいつらなんて、この季節限定メニュー「蟹の・・なんとか鍋」により食中毒でヤラれてしまえば良いんだ!漢字読めないや(´⊆`*)ゞテヘヘ

バス子「ちょっと、辞めなさいよ。バス男さんは仙人の【他人との比較から自由になりたい】の話、聞いていないの?」

バス男「仙人様の【~「他人と比較してしまう罠」から抜け出すには?~他人との比較から自由になりたい】の話?」

バス子「うん、仙人が言うにはね・・」







~「他人と比較してしまう罠」から抜け出すには?~

1.他人との比較から自由になりたい

①ゴールデンウィーク中の話

■あの日は午前中、前日に気がついた緊急の仕事(記事修正/サイト修正)を朝から行っていたのでした。

普段は午前中の頭が冴える時間に記事を書いているのですが・・急遽、仕事内容の変更となったため、その日は仕事リズム(仕事時間)が狂ってしまい、仕方なく、緊急の仕事が終わった後に、気分/気持ちの切り替えをする意味で部屋の掃除をし・・

その後に、記事書きを行ったのでした。

なんとか、友人との約束時間である18時には記事書きが終了し、慌てて友人との待ち合わせ場所であるコンビニへと向かいました。

急ぎ足でコンビニへと向かいながら、(自分の中で)やっと始まったゴールデンウィークに心躍らせていたのでした。


「仕事も、なんとか片が付ついたし、今日と明日は楽しむぞぉ♪」
仕事に片がついた清清しさもあり、心なしか、いつもよりキラキラと輝いて見える街並みを満足げに眺めつつ、嬉しさや喜びに包まれながら、コンビニ駐車場に停まっているA君の車に乗り込みました。

「いやー、ゴールデンウィークだね♪」そう話しかける私。

「名無きのゴールデンウィークはどう?」車に乗り込んできた私を見ながら、A君が聞いてきます。

「今から始まるんだよ。」ニンマリ顔で答える私。

「俺も今からだ。」そう答えるA君からは、ワクワク感が伝わってきます。

どうやら、A君も昨日まで仕事だったようです。

ゴールデンウィークも明日まで。
「今日は飲むぞー♪」
2人は、中心街の駐車場へと向かっていくのでした。


・・・・・・
「ゴールデンウィーク?そんなものはない。」
仕事ばかりの日々で、ゴールデンウィークなんて存在しない年度を送ってきていて。
また普段も、受験勉強中の中学生のような日々(机(パソコン)と本に向かう日々)を送っていて。
お酒を飲む機会も、人生を変える素敵な言葉に続き、やっと今年2回で。

私は、{ウィークを楽しめる}ということに、深く感謝の念を抱いていたのでした。


「あぁ、ゴールデンウィークの繁華街だ。」
嬉しい気持ちに胸躍らせながら、久しぶりに繁華街を歩きつつ「あ!見て、店が変わってる。以前は居酒屋だったのにラーメン屋になっている!」など、変化に驚きA君に話しかけたりもしながら・・すれ違う多くの人達に、私は心の中で祝福をおくっていたのでした。「みんなの幸せが続きますように♪」


「人が多いなぁ。やっぱりウィークだからか。」そう声をかけてきたA君に対し、私は反対側から歩いてくる女子の集団を凝視しつつ「あ、あぁ。ウィークは人が多いな。・・本当に。」と答えました。

ウィーク中であるため人も多く、キョロキョロしながら歩いていると、いつの間にか予定の居酒屋へと辿り着いていたのでした。


「2名様ですね。」そう笑顔で声をかけてきた店員さんに頷きながら、店内を見渡してみれば、居酒屋も人がいっぱいで・・
店員さんに案内され2階へと上がっていき、「こちらえ、どうぞ。」・・2人は店員が指すテーブルへとついたのでした。

メニューを見つつ、ビールを注文しました。


カンパーイ♪

は~、久しぶりに飲むビールの上手いこと。
ほくほく顔で友人と近況報告を行いつつ、お通しをつまみに、1杯目のビールは早々に飲み干してしまいました。

店員さんに、適当に料理と、2杯目のビールを注文します。

美味しい料理に、美味しいビールに、友人とのくらだらない会話。あぁ、なんて楽しいのだろう。


楽しい時間は、あっという間に過ぎていき・・1時間ほど、もう経ったよう思われました。
一通り話し終えると、男2人であるため、無言になる時間もでてきます。

すると、それまで気がつかなかった隣のテーブルの会話が聞こえてくるのでした。

「ほー、新婚旅行でヨーロッパか。」
隣の席には、どうも新婚さんがいるらしく、新婚生活や新婚旅行の話が行われているようでした。
なんでも、新築の家も??・・既に手にしているらしい、、、ようでした。

「いいなぁ。新婚生活に新婚旅行か。羨ましい。でも、よく、そんな金があるな。」
把握した内容によると。
どうやら、新築の家も、新婚旅行であるヨーロッパ費用も、親が金を出してくれているらしい・・ようでした。

「ふーん。世の中には、そのような‘恵まれた人’もいるのかぁ。」
そんなことを思いながら、盗聴術を続けていると、他の人が新婚者に、「△△は、見るところが多いし、町並みも綺麗で飽きないよ。地下鉄からも・・」などとアドバイスするのでした。そして周り人が「そうそう。」と、相槌を打っているようでした。


「えぇ!?みんな、ヨーロッパ旅行に行ったことがあるの?」
私なんて、中学生の頃にホームステイで海外に行った以来、海外なんて行ったことがなくて・・

社会人になって以降、仕事・仕事・仕事であって、最近も家にこもってひたすら仕事をしており、飲みにでるのも今日がやっと今年2回目で・・

自分とは別世界に住んでいるかのようにも思われた‘羨ましい会話’に軽くショックを受けながらも続けて話を聞いていると、‘羨ましい会話’は、その後も繰り広げられ・・・イライラしてきたのでした。


そして、イライラしたまま、周りの席を見渡してみれば。
周りの席には、カップルや、家族や・・皆、楽しそうにお喋りをしているのでした。


「は~ぁ。親のお金で新築や新婚旅行を楽しむ人もいて。・・私って、いったい、なんなのだろう?」
私なんて、自営の実家の借金返済もあり、お金が右から左で、仕事しても仕事しても、倹約し倹約し・・としても。
悔しいし、悲しいし、自分がバカらしくも思えてきて、「どうして私は・・」思考がマイナスへと進んでいくのでした。


「飲もう!飲んで忘れよう。」
イライラし、追加でビールを頼みました。
久しぶりのアルコールでもあったせいか、既に少し、気持ち悪くなっていたのですが・・。


それから1時間ほど居酒屋で過ごし、2人は店を出ました。
「名無きは、もう帰るんだよね?」そう聞いてくるA君に対し、「あぁ。A君は、まだ飲むんでしょ?」と答えると、A君は頷き「じゃあね。」と手をあげ、いつものように飲み屋街へと歩いていくのでした。

飲み屋街へと消えていくA君の後姿を見送りつつ反転し、私は自宅へと歩き始めました。


歩きながら・・「あーもうっ!イライラする!」私のイライラ感は増していくのでした。


私も、好き勝手に、上手いこと楽しみながら生きたいよ!
今、とりあえず今、目先、好き勝手に欲が満たされる行動を、とろうかな?・・じゃないと、私ばかり損することに、、、、




名無き君は、【相対性の罠】に、またハマり込みかけているのかもしれないね。

「え?どういうこと?」

【相対性の罠】の話は、相対的世界で生きる意味とは?名言(「相対性の罠にハマる」から「相対性の世界で遊ぶ♪」へ)や、常識と非常識/正しいまともな人とは?意味(相対性と自分の意見と他人の意見)で、したよね。


君の人生は、君の人生なのだから、他人と比べる必要はないのかもしれないね。

他人が、楽しんでいようと、他人が恵まれた幸せな人生を生きていようと、君の(毎日の)物理的行動とは関係がないのだから。

他者が幸せそうであっても、君の毎日の物理的行動は、変わらないよね。

今だって、君の物理的行動は【居酒屋で飲む→歩いて帰る】であり、その【居酒屋で飲む→歩いて帰る】という君の物理的行動と、「他者が人生を楽しんでいるかどうか?幸せかどうか?」は、関係のない話だよね。
君はただ、君のやること・・・今なら【居酒屋で飲む→歩いて帰る】を、どちらにしろ、やるだけだよね。


であれば、他者が幸せそうでも、別に良いじゃないか。
他者が、羨ましいほどに恵まれていても、別に良いじゃないか。

他者がどうであろうと、君はどちらにしろ、君のやること・・・今なら【居酒屋で飲む→歩いて帰る】を、するだけなのだから。

君の人生は、君の人生なのだから、他人と比べる必要はないのかもしれないね。
君は、君の人生を、(他人と比較することなく)君なりに幸せに生きていく、それで良いのかもしれないね。
今らならば、他人と比較することなく【居酒屋で飲む→歩いて帰る】を自分なりに幸せにこなしていく、それで良いのかもしれないね。


むしろ、他人の不幸より幸せを願うには?(愛を広げる/他人は仲間)にもあるとおり、他者は「大切な仲間」なのだから、他人が幸せなことは、素晴らしいことなのかもしれないよね。
他人が、恵まれている話を見聞きすることは、喜ばしいことなのかもしれない。他者は「大切な仲間」なのだから。


「でも・・」

うん、その気持ちは、とてもわかるよ。

でね、もし、誰もいない惑星に名無き君がいたならば。
君は、ただ、君のやること・・・今なら【居酒屋で飲む→歩いて帰る】を、どちらにしろ、やるわけで、、、その場合には、今のようにイライラはしないかもしれないね。誰もいない惑星であれば他者と自分とを比較しないから。


つまり。
君が、毎日、どちらにしろ行うことになる物理的行動を行っていて、それでいてイライラすることになるのは、他人と自分を比べるから・・なのかもしれない。

名無き君は、どちらにしろ行うことになる毎日の物理的行動に対してイライラさせられている・・のではなく、他人と自分を比べるから、イライラさせられることになっているのかもしれない。

私達の、イライラや不平不満、ストレスの原因の多くは{他人との比較}によって、生じているのかもしれないね。


「私のイライラや不平不満、ストレスの原因の多くは、物理的行動そのものではなくて、{他人との比較}によるもの・・」

そういった側面も、あるのかもしれないね。

・・私達は、この相対性の世界の中で、【相対性の罠】にハマり込むために、他人との比較によって「自分は幸せなのか?それとも不幸なのか?」を確認しようとしてしまうところがあるのかもしれない。
そして、他人との比較によって「自分は幸せなのか?それとも不幸なのか?」を確認しようとすれば。

自分より不幸そうな人を見ては「私は、この哀れな人より恵まれている。ふふふ。」と、その不幸そうな他者を内心見下し、自分より幸せそうな他人を見れば、

「いいなぁ。新婚生活に新婚旅行か。親の金で・・羨ましいな。」
「私なんて、中学生の頃にホームステイで海外に行った以来、海外に行ったことなんて、なくて・・」
「は~ぁ。親のお金で新築や新婚旅行を楽しむ人もいて。・・私って、いったい、なんなのだろう?」
「いろいろと、世の中言われているけれど、楽しんでいる人は、楽しんでいるんだ。悔しいぃー!私なんて・・」

などと、イライラすることになるのかもしれないね。

要は、他人との比較によって、「自分は幸せなのか?それとも不幸なのか?」を確認しようとすれば、幸せを感じることはわずかで、多くの場合はイライラ/不平不満/ストレスを感じることになり、自分自身が苦しむことになるのかもしれない。


「うーん・・。」

他人との比較によって、「自分は幸せなのか?それとも不幸なのか?」を確認しなくても、大丈夫なのだよ。

君は、君の中にある絶対基準と照らし合せて、「自分は幸せなのか?それとも不幸なのか?」を判断しても、大丈夫なのだよ。

君の中にある絶対基準と照らし合せて、「自分は幸せなのか?それとも不幸なのか?」を判断するならば、

「{ウィークを楽しめる}ということに、深く感謝の念を抱く」
「すれ違う多くの人達に、心の中で祝福をおくる。「みんなの幸せが続きますように♪」」
「美味しい料理に、美味しいビールに、友人とのくらだらない会話(変態的会話)。あぁ、なんて楽しいのだろう。」

となるわけだ。

君が、幸せでいた時間、君は{他人と自分との比較}を行っていなかったのだよ。

名無き君も、自分の中にある絶対基準と照らし合せて、「自分は幸せなのか?それとも不幸なのか?」を判断していたから、居酒屋でイライラし始める前までは、幸せだったのだよ。


「そういえば、そうだったかも。」

それが、居酒屋での1時間経過後から、急に{不幸せ/イライラ}へと陥っていったよね。
その理由は{他人と自分との比較}を行い始めたから、なのかもしれない。


★他人との比較から自由になりたい★
~{不幸せ/イライラ}の原因 → 他人と自分との比較~


私達は、相対性と二元性の原理で操られている現実という名の幻影の世界に生きているため、ついつい、他者との相対的な関係性・・【相対性の罠】に引き込まれてしまいがちなのかもしれない。

だから、気がついたら、いつの間にか{他人との比較}を始めてしまっていることも、あるのかもしれない。

そして、比較によって認識がなされる相対性の世界の中では、自分より幸せそうに見える他者も、不幸せそうに見える他者も、必ず存在することになるから、幸せそうな他人を見ては羨み悔しがり、不幸せそうに見える他人を見ては内心見下したり・・とし始めてしまう場合もあるのかもしれない。
そしてその結果、イライラしストレスを感じることになるのかもしれない。


この【相対性の罠】から抜け出すためには。
他者の幸せを願うことも、大切になるのかもしれないね。


★他人との比較から自由になりたい★
~【相対性の罠】から抜け出す方法 → 他者の幸せを願うこと~


そしてね、他者を、‘他者’と思っているうちは、他者の幸せを願うことは、難しい場合もあるのかもしれない。
競争社会の中で、他者を、‘他者’と思っていると、他者のことが「ライバル/競争相手」に、見えてしまいがち・・のようだから。

「他者はライバル/競争相手」と認識していて、それでいて他者の幸せを願うのは難しさもありそうだよね。ライバル/競争相手の幸せは、自分の不幸せをも意味しそうだから。


「他者を、‘他者’と思っているうちは他者の幸せを願うのは難しい。他者のことが「ライバル/競争相手」に見えるから・・では、どうすれば良いの?」

見返りを求める愛とは?意味(本当の愛を知る)にもあるとおり、「他人は大切な仲間」という世界観を、もつように努めてみるのも良いのかもしれないね。

賢者とは?意味/賢者の本(あるヨギの自叙伝)で先生は、他人のことを表すのに‘他人’という言葉ではなく、「同胞」「仲間」という言葉を使われていたよね。

‘他人’という言葉を使うと、他者が、自分とは異なる別の存在・・ライバル/競争相手にも思えてくるから、「同胞」「仲間」という言葉を使うのも良いのかもしれない。

全ての他者は、本質的には自分と同じ1つの存在であり、全ての他者は「大切な仲間」・・なのかもしれないね。


★他人との比較から自由になりたい★
~他者の幸せを願うコツ→他人のこと‘他人’ではなく「大切な仲間」と認識すること~


素晴らしいこと、なのかもしれないよね。
結婚して、ヨーロッパに新婚旅行に行くんだよ。私達の大切な仲間のうち2人が。
心から祝福すれば良いのかもしれないよね。

そして、そう、他者が幸せであることと、名無き君の普段行う行動とは、関係が、ないようだよ。
他者が幸せであれば、名無き君がその分、不幸になることも、ないようだよ。

{幸せ}も{不幸}も感情であり、感情には数に限りがないため、他者が幸せであれば、名無き君がその分、不幸になる・・ということは、なさそうだよね。

だから、「大切な仲間」の幸せを、恐れることなく心から祝福すれば良いのかもしれない。

君は、君の人生を歩みつつ、君の成すべきことを成しつつ、他者の幸せを心から願えば良いのかもしれない。
どちらにしろ、他者が幸せそうだろうが、不幸せそうだろうと、君は、君の成すべきことを成すことになるのだから。


「私は、(他人と比較することなく)私の人生を歩みつつ、他者の幸せを願う・・」

もし、君が他者の幸せを願うのであれば、

「いいなぁ。新婚生活に新婚旅行か。親の金で・・羨ましいな。」
「私なんて、中学生の頃にホームステイで海外に行った以来、海外に行ったことなんて、なくて・・」
「は~ぁ。親のお金で新築や新婚旅行を楽しむ人もいて。・・私って、いったい、なんなのだろう?」
「いろいろと、世の中言われているけれど、楽しんでいる人は、楽しんでいるんだ。悔しいぃー!私なんて・・」

と感じていたのが、

「ご両親のお金で新婚生活に新婚旅行か。素晴らしいなぁ。彼/彼女の幸せが続きますように♪」
「私も、そして他のそう望んでいる皆も、いつの日にか、海外旅行に行けると良いなぁ♪」
「親のお金で新築や新婚旅行を楽しむ人もいる。素晴らしいことだよね。そして私は私で、両親のために、そして皆のために、頑張っていけると良いよね♪」
「楽しんでいる人もいるのだ。喜ばしいことだなぁ。良かった、よかった。」

に変わることになりそうだよね。

そして、そこには、{他人との比較によるイライラ/ストレス}は存在しないよね。


<「他者の幸せを心から願う」の影響力>
大切な仲間である他者の幸せを心から願うことで、他者が幸せになるばかりか、自分が{他人との比較によるイライラ/ストレス}から開放され自由になっていき、幸せになっていくものなのかもしれない。

自分(だけ)が幸せになりたい!と考え、「あの幸せそうな人が腹だしい!」と他者の幸せを憎むと、自分が{他人との比較によるイライラ/ストレス}にハマり込んでいくことになるようだよ。

他者の幸せを願うことには、とてもとても、大きな力があるのかもしれないね。
私達のイライラやストレスの大半は、他人との比較によるものだから。

「Aさんは、あんなに幸せそうなのに、それに比べ私は・・」
「どうして私は・・恵まれているBさんが羨ましい!」

私達のイライラやストレスの大半は、他人との比較によるもの、であり、そして、その大半のイライラやストレスは、{他者の幸せを願う「この人に、幸せが訪れますように♪」}という魔法によって、消えていくことになるから、他者の幸せを願うことには、とてもとても、大きな力があるのかもしれないよね。


私達が基準を【自分だけの幸せ】から【他者の幸せ】へと変えた瞬間、私達は、「他人と自分では、どちらが幸せか?」と考える思考回路から自由になれ、{他人との比較によるイライラ/ストレス}が存在しない幸せな世界へと入り込んでいくことになるのかもしれない。
その、他人との比較によるストレスなき自由で幸せな世界が、私達の心の中にある{桃源郷}なのかもしれないね。

多くの薬よりも、ストレスに聞く処方箋は{他者の幸せを願う「この人に、幸せが訪れますように♪」}なのかもしれないよね。


★他人との比較から自由になりたい★
~他者の幸せを願うことで{他人との比較によるイライラ/ストレス}から開放され自由になれ、幸せになっていく~


イライラしている時は、他者の幸せを願うのは難しいかもしれない。
でも、そうでない時に関しては。
「他人は大切な仲間」という世界観をもち、繁栄原則{正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心}を大切にして生きていく覚悟があれば、案外、{他者の幸せを願う}を行うことは出来るもの、であるようだよ。

無意識的に、既に、そうしている人(他者の幸せを願いながら生きている人)も世の中にはたくさんいるしね。

そして、イライラしている時は難しいかもしれないけれど、機嫌の良い時や通常状態時に{他者の幸せを願う}をするだけでも、人生が変わり始めるのかもしれない。
そうすることで、イライラ状態に陥る頻度が減るから。

イライラ状態に陥る機会/タイミングは、他人と自分を比較し始めたとき・・である場合も少なくないようだよ。

他人を見たとき、他者の幸せを願うようにすれば、その他人と自分を比べなくなるため、イライラにも陥らなくなりそうだよね。


★他人との比較から自由になりたい★
~他者の幸せを願うことで、他人と自分を比較する頻度/機会が減る→そのことはイライラやストレスの減少に繋がる~


私達はどうも、他者の幸せを願うことによって、幸せに近づいていく存在、であるようだよ。

だからね、皆の幸せだって、願えば良いのかもしれない。
そうすることによって、名無き君自身が、幸せになれ救われることになると思うよ。


「でも・・」

うん、うん。気持ちは、すごくわかるよ。
そう、感じるよね。

でもね、人生に対する自分なりの決意があるほうが、人生、楽になっていくのかもしれない。中途半端でいるよりは。

執着心や我欲を、己の信念・・「自分は、こう生きるのだ!」や、「自分は常に{繁栄原則{正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心}}に忠実に生きるのだ!」にて超越することで、逆に手に入るものもありそうだよね。

人生を縛っているのは、自分自身(自分の我欲や執着心/自分の利己心)であることが、多いようだから。

本当は、もっと自由なのかもしれない。人生は。

幸せになる魔法の言葉(幸せになることを許可する方法)に詳細はあるとおり、幸せそうな人を見ては批判していると、自分が幸せに、なりにくくなるようだよ。世界観と、つじつまあわせの関係から。

新婚旅行に行く幸せそうな人を批判していれば、自分が、心から楽しみつつ新婚旅行に行けなくなるのかもしれないね。世界観と、つじつまあわせの関係から。

そういうふうに、名無き君は、自らの行いによって、今までも、そして今だに、自分で、自分の人生を苦しみに、苦行的人生に、縛り付けているのかもしれない。

本当は、もっと自由なのかもしれない。人生は。

君が生き方を変えてみることによって、「人生は、本当は、もっと自由なんだ!自分が自分を{苦しみ/苦行的人生}に縛り付けていただけだったのだ。」と気がつくことになるのかもしれないね。生き方が変わることで「人生は自由」を体感し始めることになるから。


他者を‘他者’としてではなく、「大切な仲間」と認識し。
他者の幸せを心から願うよう努めてみて♪きっと、君自身が救われることになると思うよ。

始めは、難しいかもしれないけれど、これも慣れであり習慣だから。
慣れてくれば、自然に、無意識のうちに視界に入ってくる皆の幸せを願うよう、出来始めることになると思うよ。

君に幸せが訪れますように。




「あぁ、また、やってしまっていたのか。」
ここでようやく、私は居酒屋以降、自分が{他人との比較の罠}にハマり込んでしまっていて・・{他者の幸せを願う}を忘れてしまっていることに気がついたのでした。

繁栄原則{正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心}を知ってからというもの。
他者の幸せを願いながら生きる‘生き方’を、自分なりには意識しているのですが・・

実践出来ているときも(少しだが)あるものの、ついつい、今までのクセ/習慣が現われて、私はすぐに他人と自分を比較し始めてしまい{他人との比較によるイライラ/ストレス}に陥ってしまうのでした。


「はぁ。またやってしまった。これで何回目だろう?{他者の幸せを願う}って難しいぃ・・。」
歩きながら、他者の幸せを願う難しさを痛感していたのですが、「始めから上手くは出来ないこともあるよ。習慣を断ち切るために、長期スパンで考えながら、コツコツと取り組んでいこう。」とも思い、


諦めの覚悟を思い出し。
心の中で決意を固め。

「ふぅ~」
1人静かに息を吐き出し、そして一転、ニコッと笑顔を作り・・

他者の幸せを心から願うことで、私の人生は・・

私の人生は、自由になっていきはじめるのだと思う。


そう努めることで、そう他者の幸せを心から願うことで、私は・・

私は、自分自身に対して「幸せになること」を許可できるようになり始めるのだと思う。



私が、こう、他者の幸せを願える人間になれるよう努めていることも。
私が、日々、こもって仕事していることも。

誰も、気にも留めていないことであるし、誰も認めてくれないことであり、周りからの承認や賞賛を求めるならば、今すぐにでも部屋を飛び出し、海外旅行に行ったりし、楽しんだ方が「楽しそうですね。羨ましいです。」と言ってもらえるのだろう。


だけど、そう、他者の承認を求め始めれば、人生は夢にあるとおり、また幻想世界の幻術にハマり込んでいき、漠然とした焦り感などを感じつつ生きていくことになる。

私よ、思い出せ。
私はもう、他者からの承認欲求を諦める決意をしたではないか。

もう、他者からどう思われるか?や、他者からの承認は関係ないのだ。

自分は、どうするか?なのだ。


そして自分は、繁栄原則が大切だ!と信じているから。
自分は、他者の幸せを心から願うことが、大切である!と信じているから。

誰が見ていようと、見ていまいと。
誰が認めてくれようと、誰も、認めてくれまいと。

そんなことは関係なく、自分は自分で、自分の信じる道を歩むのだ。

常識と非常識/正しいまともな人とは?意味(相対性と自分の意見と他人の意見)にもあるとおり、他人の意見や、他人の評価、他人の目に、もう振り回される必要はないのだ。


こういった記事を書いているから、そう言っているのではなく。
自分は、webサイトの作成が頭になかった頃より、修行を始めていて、その頃から、

「残り数十年の余生・・
批判してくる批判先生のお相手をすることもなく、
誰にも、なにも言い訳をすることもなく、
誰かに認められたいからでもなく、
残り数十年の余生、自分が「良かれ!」と思う生き方/生き様をし、幸せに生きていくだけ。」

と、諦めの覚悟をもって生きてきていて、


それは、私が信念の強い人だから・・ではなく。
ただ単純に、あまりに苦しかったあの時期。
そこを超えていくために、泣く泣く、こういった覚悟/決意をもつようになっていっただけであり、あまりに苦しかったあの時期、そう、覚悟を決めて、腹をくくらないと、自分がもっともっと苦しむことになる!と経験則より感じていたため、泣く泣く、そう覚悟/決意をもつようになっていっただけ・・


私よ、思い出せ。
当時、そう覚悟/決意をもって・・
思いどおりにいかないことや上手くいかないこともあるし、不満や悩みや問題が出てくるときもあるけれど、それでも、己の覚悟/決意/信念に従って進んでいったから、苦しかったあの時期を超えていくことが出来たではないか。


ここは、大事なところなのだ。
自分勝手になってしまえば、逆に、長期的には自分自身が苦しむことになってしまうのだ。今までの人生で、そのことを痛いほど学んできたではないか。

覚悟を決めて、「大切な仲間」である他者の、皆の、幸せを心から願えるよう努めるのだ。
そうすることにより、他者はもちろん、長期的には、自分自身も救われることになるのだから。


「はぁー。そうだよな~。頭ではわかるんだけど、わかるのだけど・・難しいぃ。」
{他者の幸せを願う}を上手く実践できずにいる自分自身に対して落ち込みつつも、前回(人生を変える素敵な言葉)のように、また自分なりに頑張ってみようとも思い始め・・


「正直・誠実・感謝・奉、、、般若心経か? 笑」
1人つっこみもしつつ、その日は歩いて帰ったのでした。



~まとめ~
★他人との比較から自由になりたい
→他人と自分を比べてしまうクセ/習慣から抜け出すための方法の1つは「他者の幸せを願うこと/相手の幸せを祝福すること」なのかもしれない。


★他人との比較から自由になりたい
→「他者の幸せを願うこと/相手の幸せを祝福すること」のコツ/秘訣は、他人を他人として認識するのではなく、赤の他人含め他人のことを「大切な仲間(全ての他者が大切な仲間)」と認識するよう努めることなのかもしれない。


★他人との比較から自由になりたい
→赤の他人含め他人のことを「大切な仲間(全ての他者が大切な仲間)」と認識するためのコツや秘訣は、<全ては同じ1つ(自分も他人も、同じ1つの部分であり現われ)>という真実/真理を学ぶことでも、あるのかもしれない。


★他人との比較から自由になりたい
→<全ては同じ1つ>という真実/真理を学ぶためには、その真実/真理を体感として会得している聖者/賢者の本・・あるヨギの自叙伝などを読んでみるのも良いのかもしれない。


~他人との比較から自由になりたい~
<writer 名無き仙人>





バス男「他人との比較から自由になりたい・・かぁ。」

バス子「自分の幸せと、他人の幸せ、両方ともを願えると素敵よね。」

仙人「他者の幸せを願う心を育てながら、楽しい幸せな人生を生きていけると良いのぉ。」







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