無償の愛とは?意味

■無償の愛/無条件の愛/本物の愛とは?意味。恋愛/婚活/結婚生活/人間関係/彼氏/彼女/恋人/夫/旦那/妻/夫婦愛


無償の愛とは?意味


バス男「はぁ、はぁ・・(フンフン!)」

バス子「ちょっとバス男さん、見すぎ!そして興奮しすぎ。店員のお姉さんは嫌がっているでしょ。辞めなさいよ。」

バス男「バス子ちゃ~ん。僕は今、【無償の愛】をお姉さんに与えているんだよ。はぁ、はぁ・・(フンフン!)」

バス子「もう、無償の愛は、そういう意味ではないのよ。仙人の【無償の愛とは?意味】の話、聞いていないの?」

バス男「仙人様の【~「見返りを求める愛(条件付の愛)」と「無条件の愛」が生み出す結果の違い~無償の愛とは?意味】の話?」

バス子「うん、仙人が言うにはね・・」







~「見返りを求める愛(条件付の愛)」と「無条件の愛」が生み出す結果の違い~

1.無償の愛とは?意味

①親子関係の事例

■「ふ~む。反抗期とは、親の{愛の種類}を確認したい気持ちの現れでもあるのかな?」

web上に載っていた反抗期の話を読んでいると、ふっと、そう感じたのでした。

話によると。
親は子供に「良い子でいなさい。勉強を頑張りなさい」と、いつも言っていて。
子供が良い成績表をもって帰った時には子供を褒めて愛するものの、子供が悪い成績をとった時には、子供に対して冷たくあたっていたようでした。

そして{両親から愛されたい}と子供は願うからでしょう。
子供は、小さい頃は、両親の言いつけを守り、良い子を演じて勉強も頑張っていたようでした。

しかし中学生~高校生になると、あえて、親を困らせるような悪い行いなどもし始め・・親に反抗的な態度をとったりもし始めることになり、ご両親は、そのような子供の態度に困っているようでした。


・・子供には、親に反抗してみることで、親の愛の種類「無償の愛or条件付きの愛」を確認したい深層心理もあるのかもしれません。
言い換えると子供には、「自分は無条件で愛してもらえる価値ある人間なのだろうか?」を確認したい深層心理もあるのかもしれません。

優等生である子供の場合。
親は、優等生である子供に対して「君は問題を起こさない良い子だし、勉強も頑張るし、素晴らしいね。」と褒め、そのような自慢の子供を愛することになりそうです。
そして親から褒められ、愛される優等生の子供は「嬉しいな」と感じると同時に、「私は、優等生だから親に愛されているのだろうか?もし自分が優等生でなければ親は自分のことを愛してくれないかもしれない」とも不安になる場合もあるのかもしれません。


<「良い子でいなければ親は自分のことを愛してくれないかもしれない」という不安>
そうのように潜在的に不安を感じる子供達は、「自分は無条件で愛してもらえる価値ある人間なのだろうか?」「両親は自分のことを無条件に愛してくれるだろうか?」を確認したくて。
そのため、あえて、無意識のうちに、親を困らせるような反抗的な態度をとってみることをする場合もあるのかもしれません。

両親に対し反抗的な態度をとる子供は、反抗的な行動によって無言のうちに、親に、こう問いかけているのかもしれません。

「ぼ、僕は、反抗する悪い子なんだよ!やっぱり、こんな悪い僕のことは嫌いになる?それとも、こんな悪い僕のことも無条件で愛してくれるの?」


中学~高校生にもなると、子供は、見た目的には大人と変わりなく大きくなっているものの。
その心は、魂は、無垢で純粋で、傷つきやすく、まだまだ子供であって、自分の価値を確認するためには【親からの無条件の愛/無私の愛】が必要であって・・だからこそあえて、親に対して反抗的な態度をとることもあるのかもしれません。


★無償の愛とは?意味|無条件の愛/無私の愛とは?意味★
~反抗期の深層心理 → 「ぼ、僕は、たとえ良い子でなくても両親から愛してもらえる価値ある存在なのかな?」という不安感~


現実の世界は、比較によって認識がなされる相対的な世界であるため、自分自身の価値も、相対的な比較によって認識しがちなのかもしれません。

だからでしょうか。
学生時代は、クラスの中で、相対的に勉強やスポーツにて優秀であれば、自分自身の価値を感じることができ・・逆に、勉強やスポーツにおいて、クラスの中で相対的に非優秀であれば、劣等感を感じることになりがちなようです。

大人になってからも、そうかもしれません。
社会の中で、相対的に「皆より年収が多い」や「皆より異性にモテる」などであれば、自分自身の価値を感じることができ・・逆に、仕事や恋愛において、周りの皆より相対的に非優秀であれば、劣等感を感じることになりがちなのかもしれません。


★無償の愛とは?意味|無条件の愛/無私の愛とは?意味★
~私達は子供であろうと大人であろうと、周りの人達との相対的な比較によって、自分自身の価値を計ろうとする。この世界が相対的な世界だから~


そのような「周りの他者との相対的な比較」によって自分自身を計りがちな世の中において。
両親からの無条件の愛は、相対的な比較を超えた【絶対的な価値】を、子供に感じさせてあげることの出来る数少ないものの1つなのかもしれません。

「私は、両親から無条件に愛された!愛してもらえた!」その絶対的な感覚/体感/経験は、揺るぎない信念・・「私は、価値ある存在なんだ!」として子供の心の深い部分に備わることになり、それは「内的な安定性/自信/自尊心」にも繋がり、大人になった後でも、人生を左右していくものの1つとなるのかもしれません。

また、そう両親から絶対的に愛された子供は「この世界は愛深い幸せな世界」という世界観をもつに至りやすく、その世界観(世界や人生に対する大前提)も、人生を左右していくものの1つとなるのかもしれません。


一方、「良い子でいて勉強を頑張った時だけ両親から愛された」という{条件付きの愛}を経験をして育った子供の場合。
いつしか「私は本来、価値のない存在なのだ。頑張って結果を出さなければ愛してもらえないのだから」とも思うことになっていき、それは「内的な不安定/自信のなさ/低い自尊心」にも繋がる場合があるのかもしれません。

また、そう両親から条件付きで愛された子供は、「愛とは、頑張って競争を勝ち抜いて結果を出した時にのみ獲得することができるもの」と、いつしか思い込むようになっていき、個人的な世界観が「この世界には無私の愛など存在しない。この世界は、他人を打ち負かしてでも結果を出さなければ愛が手に張らない愛の欠乏した世界」ともなっていき、

そのため人生を生きていくうえで、「(当人の中では)‘数少ないハズである愛’。頑張り結果を出さなければ手に入らないハズである愛」を獲得したいがばかりに、ひたすら、「頑張らないと愛してもらえない!」という不安感から、頑張り続ける、否、愛の獲得のために闘い続ける、競争し続ける人生を歩むことにもなる場合もあるのかもしれません。
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「条件付の愛と、無償の愛・・か。」
2種類の愛について考えていると、私は、自分自身が「条件付きの愛」ばかりを与えているように思えてきて・・反省することになったのでした。



②2種類の愛~無償の愛とは?意味|無条件の愛/無私の愛とは?意味~
■私は自分だけを愛していて。
私の愛する対象は{他人}ではなく、{自分自身だけ}であるからでしょうか。

私は、他者を愛するときに、いつも「愛すれば、その分、見返りがあるかな?」と打算的に考え、見返りを期待できそうな場合にのみ、他者を愛しているよう思われたのでした。
結局、そう打算的になるのも愛している対象が{自分自身だけ}だからでしょうか。


★無償の愛とは?意味|無条件の愛/無私の愛とは?意味★
~「見返りを求める愛」の場合、愛する対象は{相手}ではなく、実は{自分自身}~


私達は、子供であろうと、大人であろうと、「条件付き」で見返りを求められつつ‘愛’を与えられると、「なんだよ!私は、何かしらの貢献をしないと愛されない価値の低い人間ではないんだよ!」と反発心が湧いてくるものなのかもしれません。自尊心を守りたいから。

例えば、私がAさんから、「名無きさんが私に対して、貢献してくれるのであれば、名無きさんのことも愛してあげよう」と、言動によって、それとなく示されたとします。
私はAさんに対して無意識的に「なんだよ!私は、Aさんに何かしらの貢献をしないと愛されない価値の低い人間ではないんだよ!」と思い、自分の自尊心を守るために、自分の価値を無条件には認めてくれないAさんのことを、嫌うことになりそうです。

つまり、「条件付きで相手を愛する/見返りを求めて相手を愛する」ということは、「君は、ありのままでは愛される価値のない人間です。貢献しなければ君は愛されない駄目人間なのです!」と言っているようなものでもあり、

だからこそ「条件付きの愛」を示された相手の反発心を買うことになり、逆に、嫌われてしまうことにも繋がる場合があるのかもしれません。


★無償の愛とは?意味|無条件の愛/無私の愛とは?意味★
~「条件付きで相手を愛する/見返りを求めて相手を愛する」ということは、相手に対して「貴方は、ありのままでは愛される価値のない{価値の低い人間}です」と遠まわしに言っているようなものでもあるため、相手の反発心を買うことになり、逆に嫌われてしまうこともあるのかもしれない。つまり「条件付きの愛」は相手の悪い態度/側面を引き出してしまう~


一方で、私達は、子供であろうと、大人であろうと、「無償の愛/無私の愛」を相手から与えられると、「私は相手から価値を認めてもらえている」と安心し、自尊心を守るために防衛的な態度をとる必要がなくなり、相手に対して{自分の良い側面}を全面に出せることになるのかもしれません。
また、自分の価値を無条件に認めてくれる相手に対して、信頼感や愛の気持ちも、抱くことになりそうです。

例えば、私がAさんから、「名無きさんがどうあろうとも、私は名無きさんのことが好きだよ。無条件に名無きさんの幸せを願っているね。」と、言動によって、それとなく示されたとします。
すると私は無意識的に「私はAさんから、ありのままの自分を受け入れてもらえており、また価値を認めてもらえている」と感じ安心し、自分の自尊心を守るために防衛的な態度をとる必要がなくなり、Aさんに対して、自分の良い側面を素直に出せて、またAさんに対する信頼感や愛を感じることになりそうです。

つまり、「無償で愛する/見返りを求めることなく無条件で愛する」ということは、「君は、ありのままで愛される価値ある人間なのです。貢献する/しないに関わらず君は愛される価値ある素晴らしい人間なのです!」と言っているようなものでもあり、

だからこそ「無償の愛」を示された相手は{認められた嬉しさ/ありのまま受け入れてもらえる喜び/無条件に愛される幸せ}を感じることになり、そのために「無条件で愛してくれる人」のことも愛することに繋がる場合があるのかもしれません。


★無償の愛とは?意味|無条件の愛/無私の愛とは?意味★
~「無条件で愛する/無償で愛する」ということは、相手に対して「貴方は、ありのままで、貢献する/しないに関わらず愛される価値ある{素敵な人間}です」と遠まわしに言っているようなものでもあるため、相手の好感を買うことになり、そのため相手からも愛されることに繋がるのかもしれない。つまり「無償の愛」は相手の良い態度/側面を引き出すことになる~


そのように考えてみると。
短期的には、見返りを得れるよう{見返りを求めて愛する}の方が{お得/要領が良い}と感じるものの。
実は、{見返りを求めて愛する}は、相手の反発心を買い、相手の悪い態度/側面を引き出してしまうことにもなるため、お得でもないし、要領も良くないのかもしれません。

一方、{無条件に愛する/見返りを求めることなく全ての他者を愛する}は、短期的には{自分が損する要領の悪いこと}であるよう感じるものの。
無償で他人を愛することにより、他人に安心感を与えることになり他人の良い態度/側面が引き出され、他人からも愛され・・自他ともに幸せになっていき、長期的には実は{無条件に愛する/見返りを求めることなく全ての他者を愛する}は、{お得/要領が良い}のかもしれません。



③愛に包まれた人生を~無償の愛とは?意味|無条件の愛/無私の愛とは?意味~
■人生で出会った素敵な先輩方は、打算や利害を度外視し、皆を無条件に愛しておられたのでした。
私は側で先輩方を見ながら「こんな2度と会うことがないであろう人に、愛深く接しても、先輩にはなんのメリットもないよ?どうして、見返りを得れない相手に、こんなにまで愛深く接するの?」と不思議に思っていたのでした。

先輩方は、全ての人に対して無条件の愛を示すためでしょうか。
皆からも信頼され見返りを求められることなく無条件に愛され、笑顔に包まれた人生を生きておられたのでした。


★無償の愛とは?意味|無条件の愛/無私の愛とは?意味★
~見返りを求めれば、相手からも見返りを求められる。見返りを求めず無条件に相手を愛すれば、相手からも見返りを求められることなく無条件に愛してもらえる~



一方、破滅原則{今さえ良ければ良いんだ/自分さえ良ければ良いんだ/金さえ手に入れば良いんだ}に根ざして生きている私は、目先の自分のお得のために、見返りを期待できそうな場合のみ、打算的に相手を愛していて、

そうするから、相手から「な、なんだよー!私は、名無きさんに対して、なにかしらの貢献をしないと愛されない価値の低い人間ではないよ!」と反発され、その結果、私は皆から愛してもらえず・・
また、私が相手に打算的に見返りを求めるから、相手からも打算的に見返りを求められることになり、「互いに無条件にて愛し合う」というよりも「互いに利用し合う」という関係になることが多いのでした。

そのため「利用価値のバランス」が2人の間で崩れると、すぐに2人の関係は終わってしまう・・そういった人間関係の構築の仕方となっているよう思われたのでした。


違うんだ!
「見返りを求めて条件付きで利害関係者だけを愛する」は、要領が悪いんだ。

打算を超えて、全ての人を愛するほうが、皆のためにも、そして自分自身のためにもなるんだ。

愛する対象を{自分自身だけ}から{全ての他者}へと、広げていく必要があるんだ。
そうすることで、他者はもちろん、自分自身も、長期的には救われることになるんだ。



知識としては{無償の愛が大切である}と知っていたものの、私は{見返りを求めて利害関係者のみ愛する}と{見返りを求めることなく全ての他者を愛する}の狭間で迷っていたのでした。
それが心の仙人/仙女修行を意識し始めてから、というもの。

とある偶然により「無償の愛の効果/影響力」について体感的に知る経験をさせて頂けたのでした。


その時は、偶然、いろいろなことが重なったこともあって、「これも「無償の愛」の練習だ」と思い、見返りを諦め、無条件で愛を示してみたのでした。
すると、とんでもなく、相手の方から喜んで頂け、感謝されたのでした。
そして相手の方から、無条件で見返りを求められることなく、コチラの幸せをも願ってもらえたのでした。

相手の方は、無条件で愛を示されたことに「えぇー!?」とびっくりされているよう見受けられました。
そして私は、「うわぁ~っ!無償で愛を与えると、こうも人様から喜んでもらえ、感謝されることになるのか!そして無償で愛することにより、無償で愛されることになるのか。」と、相手の方以上に、とってもびっくりしたのでした。
びっくりした理由には、その時、珍しく「見返り(どのくらい見返りを貰えるかな?感謝してもらえるかな?etc)」をまったく考えていなかっただけに意表を突かれた・・ということも影響していたのかもしれません。


★無償の愛とは?意味|無条件の愛/無私の愛とは?意味★
~見返りも打算もなく無償で愛を示すと、時に、相手からびっくりされるほど喜ばれ感謝される。そして「無償の愛の効果/影響力」を知識としてではなく体感的に知ることになる~


その経験は、個人的には、とても印象深く心に残る経験となりました。
人様から、あれほどびっくりされつつ心から喜んでもらえる経験を、私は今までの人生で、経験したことがなかったからでありました。

そして、その経験以来、{無償の愛が大切である}という知識が信念に変わりつつあるよう感じているのでした。
自分で体感/体験してしまったものは、疑いようがないからでしょうか。


とは言いつつも、実際にはまだまだ、無償の愛を多くの場面で示せずにいます。
だって、なかなか難しいんだもーん(TдT)


素敵な先輩方のように、打算や利害を度外視し、皆を無条件に愛する愛深い人になれると良いなぁ~、そう思い、少しづつでも精進していければ、とも思っています。



~まとめ 無償の愛とは?意味|無条件の愛/無私の愛とは?意味~
①「条件付き」で「貴方が~~をしたら、貴方のことを愛してあげましょう」と見返りを求めて打算的に愛することは、逆を言えば「貴方が~~をしなければ、貴方は愛される価値もない{価値の低い人間}です」と言っているようなものでもあるのかもしれない。

当然、そのような「条件付きの愛」を示された相手側は、自分の価値や自尊心を守りたいがために防衛的な態度をとることもある。

そして、コチラ側の愛に対して不信感をもっているから、あえて「コチラ側を困らせる行動(例えば反抗的な態度をとる)」をとってみたりすることにより、「本当に愛されているかどうか?」を確認しようとしてくる場合もあるのかもしれない。

これらは、親子関係においても恋人間(夫婦間)においても見られる現象かもしれない。
親子関係においては、親の愛に不信感や不安感を感じている子供は、あえて「反抗的な態度をとる」などにより「本当に両親から無条件にて愛してもらえるかどうか?」を確認しようとする場合もあるのかもしれない。

恋愛においては、恋人の愛に不信感や不安感をもっている場合、例えばあえて「泣きながら逃げてみる」などをすることにより「本当に愛されているかどうか?(本当に愛してくれているなら、追いかけてきてくれるハズ!)」を確認しようとする場合もあるのかもしれない。

つまり、相手が、こちらに対して{困らせる行動}をとってくる場合。
相手は、「本当に愛されているか?」が、不安だから、心配だから、愛のためにそう行動をしているのかもしれない。


②無条件にて、無償で相手を愛することは「貴方は、~~をする/しないに関わらず愛されるべき素敵な価値ある人です」と言っているようなものでもあるのかもしれない。
そのため当然、無償で愛された側は、安心感を得て防衛的な態度がなくなり、あえてコチラ側を困らせるような行動もとらなくなるのかもしれない。「本当に愛されているのかな?」を確認する必要がないため。

そして、自分の価値を無条件に認めてくれ自分を尊重してくれ、自分を無償で愛してくれる{無償で愛を与えてくれる人}のことを信頼し尊敬し愛するようになるのかもしれない。

例えば恋愛においては、無償の愛を互いに与え合っている場合。
「本当に愛されているか?」が不安になり心配になるから発生する{駆け引き/探り/尋問のような質問攻め/相手を試す言動}などもなくなり、互いに信頼し合う、尊敬し合う、愛し合う関係となっていくのかもしれない。


③私達は、ついつい自我意識に囚われるせいで「自分は自分は自分は自分は!」となってしまい「自分だけが得したい!」と思ってしまう場合もあるからだろうか。
愛する場合も、打算的に見返りを求めつつ、自分にメリットがある場合にのみ条件付きで愛することも少なくなく、そのため私達は「見返りを求められつつ愛される」に慣れてしまっていて、

「見返りを求められつつ愛される」が当たり前であるよう思っているところがあって、そのため。
もし、本当の意味で、見返りを求められることなく、無条件で無償の愛を受けると「えぇ!?こんなに良くしてくれても、貴方には見返りがないですよ??どうして、こんなにまで無条件で愛してくれるの??」とびっくりしてしまうこともあるのかもしれない。

つまり、もし、本当の意味で、見返りを求めることなく、無条件で無償の愛を皆に与える生き方をしていると、「えぇ!?そんなに良くしてくれても、貴方には見返りがないですよ??どうして、こんなにまで無条件で愛してくれるの?・・すごく嬉しい!」と皆から喜んでもらえることにもなるのかもしれない。
そして、「無償の愛の効果/影響力」を知識としてではなく体感的に知ることになるのかもしれない。


④私達は、自分自身のことは、無償で愛している。
そして、もしかすると、本質的には、全ての他者も「自分自身」なのかもしれない。
エネルギー問題の解決策(人間や現実の正体)にあるとおり、この世界がそもそも、同じ1つの現れであるかもしれないから。

他人は、{赤の他人/競争相手/利用対象/自分より劣った人/自分より恵まれている腹立たしい人}では、ないのかもしれない。
全ての他人が、{大切な仲間}であり、本質的には「自分自身」なのかもしれない。
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全ての他人が、地球という惑星に住む「宇宙船地球号という同じ1つのチームのメンバー」であり、私達の幸福度は、チームのメンバーの皆(つまり世界中の皆)の幸福度が高まることによって高まるのかもしれない。

もし、他人が不幸に転落することにより、自分が幸せになるよう感じるのであれば。
もしくは他人が幸せになることで、自分が不幸せになるよう感じるのであれば、それは【相対性の罠】にハマり込んでいるから起きている錯覚なのかもしれない。
関連相対的世界で生きる意味とは?名言(「相対性の罠にハマる」から「相対性の世界で遊ぶ♪」へ)


~無償の愛とは?意味|無条件の愛/無私の愛とは?意味~
<writer 名無き仙人>





バス男「ほ~、愛の量は、結婚するときに送る牛の頭数で決まるのか。ふむふむ。」

バス子「それって偉大なる選択―偉大な貢献は、日常にある小さな選択から始まったに載っていた話で、この話とは関係がないでしょ。」

仙人「無償の愛にて人に接する機会を少しづつ増やしていき、経験的に「無償の愛の効果/影響力」を知りながら、楽しい幸せな人生を生きていけると良いのぉ。」







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