自分と他人を許す方法

■許せない/許したい/許されたい/許せない人を許せるようになるには/彼氏/彼女/夫/妻の浮気や二股/裏切りを許す


自分と他人を許す方法


バス男「あぁ、僕はまた、しなければいけないことを後回しにして、サイトを見続けてしまっている。ごめなさい。許して下さい・・」

バス子「ちょっとバス男さん、許しを請うぐらいなら、サイトを見なければ良いでしょ。」

バス男「バス子ちゃ~ん。僕はどうしても、やめられなくて・・あぁ、ごめなさい。許して下さい・・」

バス子「もうっ。バス男さんは仙人の【自分と他人を許す方法】の話、聞いていないの?」

バス男「仙人様の【~許されたい!許したい!世界は赦し合うことで成り立っている~自分と他人を許す方法】の話?」

バス子「うん。仙人が言うにはね・・」







~許されたい!許したい!世界は赦し合うことで成り立っている~

1.自分と他人を許す方法

①夜、眠ろうとしていると

■あの日は普段通り、本を読んでいると眠くなったため布団に入っていたのですが。

直前まで読んでいた本/偉大なる選択―偉大な貢献は、日常にある小さな選択から始まったの中にあったストーリーに、私の何かが刺激されたのでしょうか。

目をつぶっていると、自分が過去に傷つけてしまった人達のことが思い出されてきたのでした。
すると罪悪感を感じ・・

「どうして私は、もっと相手のことを愛して、相手のことを大切にし、相手の幸せを心から願うことが出来ないのだろう?本当にごめんなさい。・・ごめんなさい。許して下さい。」



②許せない!でも許したい~自分と他人を許す方法~

■チュンチュン・・小鳥の鳴き声とともに気がついたら、いつもの天井がありました。

「あぁ、いつの間にか、寝てしまっていたのか。」

寝起きでハッキリとしない頭のまま、ゆっくりと布団から立ち上がろうとしていた私の脳内では、昨夜に続いて【自分の過去の反省】が無意識のうちに繰り広げられるのでした。


私は、いろいろな場面で、相手のことを傷つけてきているようにも思われました。

普段は「相手から傷つけられた」とも思うのですが、今日は珍しく謙虚になっているからか。
「自分は、相手のことを傷つけてもきている」と感じるのでした。

言わなければ良かった酷いことだって、たくさん、言ってきているのでした。

「自分さえ良ければ良いんだ!」という気持ちがあるから、相手の幸せを願うことなく、私は、相手のことを傷つけてきているのでした。

自分のことだけを愛しているから、相手を{愛する可愛い自分の幸せ}のために利用することになり、相手のことを傷つけてきているのでした。
関連他人を利用する人の心理と結末(自己防衛本能より危険な人間と見なされる)



私は数々の【罪深い行為】をしてきているよう思われました。

学生時代は、先生や親のことを理不尽に嫌い、先生や親に対して、酷いことをしてきているのでした。
社会人になってからは、上司に対しても、酷いことをしてきているのでした。

また、相手は悪くないのに、自分がイライラしているからという自己都合の理由より、理不尽に相手にイライラをぶつけてきてもいるのでした。それは中学時代から、未だにそうなのでした。
飼っていた犬にも、自分のイライラのままに「うるさい!」と叱りつけてきたりもしてきているのでした。あんなに良い犬だったのに・・。


幸せそうに見える人に対しては嫉妬し、腹立たしいからと、理不尽に批判したり、悪口を言ったり、してきているのでした。

自分より不幸せそうな人を見ては、理不尽に見下し、バカにしてきているのでした。

ゴミだって、何度、ポイ捨てしてきたでしょうか?

交通事故や、車の故障でも、他者に迷惑をかけてきています。

仕事のミスで、同僚達にも迷惑をかけたことがありました。

自分が待つのが嫌で、他人を押しのけレジに割り込んだりもしています。

助けを必要としているであろう人のことを、「自分は今、忙しいから/自分には他に、やりたいことがあるから」と、何度、無視してきたでしょうか。

他人の考え方や価値観を否定し、自分の考え方や価値観を、何度、押し付けてきたでしょうか。未だに、自分の考え方や価値観を押し付ける記事を書いてしまってもいます・・。

言い始めれば、きりがないのでした。

私の人生を、謙虚になって振返ってみると、あまりにも多くの【罪深い行為】があるから。


全て、「自分さえ良ければ良いんだ!」という、利己心から発生しているよう思われました。


破滅原則{今さえ良ければ良いんだ/自分さえ良ければ良いんだ/金さえ手に入れば良いんだ}に根ざして生きている私が通った人生の後には、【他人を傷つける罪深い行為】の山が築かれていて。
その罪深い行為・・負のカルマや、罪の意識・・罪悪感に、自らが苦しめられているのでした。

それは、己の負の世界観としても、現われているよう思われました。


<「自分さえ良ければ良いんだ!」という、利己心や自分勝手な振る舞いのもと【他人を傷つける罪深い行為】をし続けているのに、自分だけはハッピー♪でい続けることは出来ない>
その理由には「人は、与えた分を受け取る(人を傷つければ、人から傷つけられるetc)」という法則や、「カルマの法則(悪しき行いをすれば悪しき結果を刈り取ることになる)」の影響だけではなく、個人的な世界観も深く関係しているよう思われるのでした。

そのことを、世界観の研究・・世界観を浄化するをしていくなかで、強く感じるようにもなってきているのでした。

私の場合、根っこにある原理原則を変えなければ、今後の人生でも、私が通る後には【他人を傷つける罪深い行為】の山が、さらに築かれていくことになるよう思われました。
そして、そのせいで。
他人はもちろん、長期的には私自身も、苦しむことになるであろうと思われました。


<人を許すことができない>
私には、許せない人がいるのでした。

しかし、珍しく謙虚になって己の人生を振返ってみれば。
「相手を許すか、許さないか」とか以前に、まずは自分の【他人を傷つけてきた罪深い行為の山】を懺悔しなければならないようにも思われたのでした。

「相手を許すか、許さないか」とか以前に、私の場合は「今までの人生の中で、傷つけてしまった多くの相手達から、私は許してもらえるだろうか?」を心配せねばならぬよう思われたのでした。

破滅原則{今さえ良ければ良いんだ/自分さえ良ければ良いんだ/金さえ手に入れば良いんだ}に根付いて生きている私の場合は、自分が【他人を傷つける罪深い行為】をし続けてきていて。
まずは自分の罪を謙虚に認め、謙虚に懺悔し、今後、同じような過ち・・人様を傷つける過ちをしないよう、繁栄原則{正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心}に根付いた自分創りに努める必要があるようにも思われたのでした。


<もう、これ以上、私のような{貴方から傷つけられた被害者}を出さないで!>
謙虚に、自分がこれまでの人生で行ってきた【他人を傷つける罪深い行為】を振返っていると。

傷つけてしまった人達より、声無き声・・「もう、これ以上、私のような{名無きさんから傷つけられる被害者}を出さないで!」が聞こえてくるようにも感じられたのでした。

あぁ、そうだ。そのとおりだ。

私がこのまま、破滅原則のまま生きれば。
私が今のまま、「自分さえ良ければ良いんだ!」と利己的な生き方を続ければ。
今後も、私が生きている限り、私の周りには、{私から傷つけられた被害者の山}が築き上げられてしまうだろう。

私が生きている限り、私の歩む道(人生)を振返ってみれば、{私から傷つけられた被害者たちの悲しみ}が、道(人生)中に溢れることになるだろう。

そして、そんな利己的すぎる私と関わることになる周りの人達はもちろんのこと。
長期的には、私自身も、負のカルマや負の世界観より、苦しみ、のたうちまわり、「どうして、私の人生は上手くいかないの?」と嘆くことになるだろう。

上手くいかないのは、当たり前だ。

「自分さえ良ければ良いんだよ」と、利己的に生きて、【他人を傷つける罪深い行為】をし続けていれば、短期的にはどうかわからないが、長期的には人生が上手くいくハズないじゃないか。

みんなからは嫌われ、自分の自尊心も低下し、セルフイメージも{私という人間は、人のことを傷つける罪深い最低な人間です}となり、「本当に幸せになってしまうこと」を自分に許可できなくなり、世界観も負の世界観となっていき・・・人生だって、上手くいかなくもなるよ。


<今後は、相手や他人の幸せに貢献する人間になって!>
犯した罪は、償いきれないかもしれない。

でも、せめてもの償いとして、今後の人生では。
繁栄原則{正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心}を大切にしつつ、他人のお役に立つ人間となり、相手や他人の幸せに貢献する人間になれれば、とも思う。

そのことはきっと。
周りの人達はもちろんのこと、自分自身もが、救われることにも繋がるのだと思う。

みんなのことを大切にし、みんなの幸せを心から願いながら、相手や他人の幸せに貢献する生き方をしていけば。
長期的には、自分自身も、幸せのカルマや幸せの世界観より、幸せになっていき、「人生が幸せだ。ありがたいなぁ。」と、人生で与えられる幸せや幸運に感謝することになるだろう。

そうなるのは、当たり前だ。

みんなの幸せのために、奉仕/貢献する生き方をし、【相手や他人の幸せに貢献する行為】をし続けていれば、短期的にはどうかわからないが、長期的には、人生が上手くいき始めるだろう。

みんなからは信頼され愛され、自分の自尊心も向上し、セルフイメージも{私という人間は、皆の幸せに貢献する素敵な人間です}となり、「本当に幸せになってしまうこと」を自分に許可できるようにもなり、世界観も幸せな愛深い世界観となっていき・・・人生だって、上手くいくようにもなるよ。
関連幸せになる魔法の言葉(幸せになることを許可する方法)



③感謝と許し~自分と他人を許す方法~
■頭の中で考え事をしていると、いつの間にか朝のルーティーンが終わっていました。

パソコンの前に座り、仕事を始めようとすると、また再度、無意識のうちに思考が進んでいき、仕事にならないのでした。


・・私は、自分のしてきた利己的行為のせいで、子供の頃から、みんなに迷惑をかけてきているのでした。

そんな【罪深き人間】であり、どうしようもない私は、それでも、今、こうして、生きることをさせて頂けているのでした。
みんなに迷惑をかけながら生きているのに、みんなに支えてもらえているお陰で、生きることが出来ているのでした。
もし、無人島に1人生まれて落ちていたら、私はもう、生きていないことでしょう。

私は・・

人に驕った回数より、人から驕ってもらった回数の方が多いよう思われました。

奉仕、貢献してきた頻度より、奉仕、貢献してもらってきた頻度の方が多いよう思われました。

誰かを助けた回数より、誰かから、助けて頂けた回数の方が多いよう思われました。

笑顔を与えた回数より、笑顔で接して頂けた回数の方が多いよう思われました。

わがままや自分勝手を聞いてあげた回数より、わがままや自分勝手を言った回数の方が多いよう思われました。

払ってきた税金より、受け取らせて頂けている恩恵(道路、施設、教育、医療福祉、良好な治安(安心)etc)の方が大きいよう思われました。

幸せにしてあげた回数より、幸せを頂けた回数の方が多いよう思われました。


私は、みんなに迷惑ばかりかけて生きていて、自分からは、あまり与えていないのに。
そんな私のことをも、みんなは支えて下さっていて・・


みんな、ありがとう。
そして、ごめんなさい。

私の【他人を傷つけてきた罪深い行為】を許して下さい。

みんなのことを、深く愛しています。



③許せない人を許すには?~自分と他人を許す方法~
■「ごめんなさい。許して下さい。」

脳内で繰り返されていた、普段は言わない言葉が気にかかり、「確か、これって・・」と思い【ホ・オポノポノ】と検索窓に打ち込んでみました。

ホ・オポノポノとは、"全責任を負う"ことを原理とする、ハワイに伝わる癒しの方法のようでした。

その思想の大前提には、悲観的から楽観的な人になる方法(ハラハラ・ドキドキ人生の諦め)にもあるような【全ては、自分の意識が創り出している】などの考えがあるよう思われました。

【全ては、自分の意識が創り出している】から、全ては自己責任であり、自分の{意識}が変わることで、意識の投影である現実の世界も変わっていく・・ということなのでしょうか。


ホ・オポノポノのことは知っていましたが、今まで、実践してみたことはなかったのでした。

私の場合は{謙虚さ}がなかったからだと思う。
関連自分が正しい?謙虚な心(自分だけが、正しいのではないかもしれない)


私は「自分が正しい。自分は頑張っている。自分は間違っていない。悪いのは相手だ!」と思っていて、謙虚に「もしかしたら、自分にも非があるのかもしれない。」と自省することがないから、知ってはいたものの「ありがとう。ごめんなさい。許して下さい。愛しています。」を言葉として言うことがなかったのだと思う。

「ごめんなさい」や、「許して下さい」と言うことは、自分に非があることを認めることにも繋がるため、それが恐かったのだと思う。
私は「自分が正しい。自分は頑張っている。自分は間違っていない。悪いのは相手だ!」と思っていたかったのだと思う。
関連常識と非常識/正しいまともな人とは?意味(相対性と自分の意見と他人の意見)



「ありがとう。ごめんなさい。許して下さい。愛しています。」
他人を許す行為は、自分の犯してきた罪をも許す行為に繋がるのかもしれません。

思い込みが激しい!癒しの心理学(世界観の事例と説明と癒し方)に詳細はあるとおり、私達は、自分という存在や、自分の脳から抜け出ることが出来ないため、ついつい自分を基準に考えてしまいがちなようです。

そのため、自分がそうすれば。
自分がそう、他人の罪を許すなら「皆もきっと、私のことをも許して下さる(ハズだ)」と、いつしか思い込むようになっていき。

「私は皆からも許して頂ける(ハズだ)し、私も皆のことを許してきているから、自分も許されて良い(ハズだ)」とも、思うようになっていく・・

だからこそ、他人を許す行為は、自分の犯してきた罪をも許す行為に繋がっていくのかもしれません。


一方、もし、自分が他人を許さないのであれば。
自分がそうだから、自分がそう、他人の罪を許さないから「他人もきっと、私のことを許してくれない(ハズだ!)」と、いつしか思い込むようになっていき。

「私は皆からも許して貰えない(ハズだ)し、私も皆のことを許してきていないから、自分だけが許されるハズはない」とも、思うようになっていく・・

そのため自分は、自分の行ってきた罪の重さに耐えきれず、苦しむことにもなるのかもしれません。


★自分と他人を許す方法|許せない!でも許したい★
~他人を許す行為は、自分をも許すことに繋がる。つじつま合わせや、個人的な世界観の関係から~


また、謙虚に自分の犯してきた行為を反省し、「ごめんなさい。許して下さい。」と他人に許しを求める行為は、人のことを許せることにも繋がるのかもしれません。

お互い様だ、と思えるから。

自分だって、皆に対して迷惑をかけてきていて、自分だけが正しいわけではなかったことがわかるから。

自分が他者を許さないのに、自分だけは、自分の犯してきた行為を他人から許してもらえる・・などと、都合の良い話はないことが、わかるから。

自分が、今までの人生で犯してきた数々の行為を許されたいのであれば、相手のことをも許すしかないと、心の深い部分で感じ始めるから。

人は、己の言動のつじつまを合わせようとするため、{自分は他人を許さないのに、自分だけは他人から許してもらおうとする}を、「それでは、つじつまが合わない!それは、おかしい!」と感じるから・・・そして、そのことに気がつくから。

互いに許しあうことによって、この世界は成り立っていることに気がつくから。


★自分と他人を許す方法|許せない!でも許したい★
~謙虚に自分の犯してきた過ちを自省し、他人に許しを求める行為は、他人のことを許せることにも繋がる。そしてこの世界が許しあうことで成り立っていることを知る~


昨晩から、そして今日も朝から自省し続けているためか、罪深い人間である私は、自分の行ってきた罪の重さに耐えきれず、胸が苦しくなりすぎて、頭が、どうかなってしまいそうになってきたのでした。


「ありがとう。ごめんなさい。許して下さい。愛しています。」
そう心の中で呟きながら、仕事にとりかかり始めました・・。



~まとめ 自分と他人を許す方法~

①彼氏/彼女/夫/妻/恋人の浮気や二股、裏切りなども含め、他人を許そうとし、他人のことを許してあげることは難しい。
その難しい【人を許す】という行為を実践していくためには、【全ては自己責任と考える‘考え方’】や、【謙虚に自省し、自分の過去の罪や過ちについて、自分が他人に許しを請う】も、役立つのかもしれない。


②私達は、もしかすると、みんなに支えられているお陰で、今まで生きてこれたし、こうして生きることが出来ているのかもしれない。
「いいや、私は、私の力で自立して自力で生きてきた」とも思うが。
「私はむしろ、他人を助けてやりながら、自立し生きてきた」とも思うが。

ときに「別に、生まれたくて生まれてきたわけでもないし、生きたくて生きているわけでもない」とも思うが。

私よ、思い出せ。
私はそう、謙虚さなき心にて、感謝の気持ちなき心にて、生きていた時ほど、人生に苦しみやイライラが増えていたではないか。

謙虚さや、感謝の気持ちは、自分自身をも救うことになるのかもしれない。

謙虚さや、感謝の気持ちなどは、道徳的な話ではなく、現実世界を生きるうえで心の状態に大きな影響を及ぼす痛いほど現実的な話なのかもしれない。
関連ありがとう!感謝の魔法使いになる方法(私達は感謝の魔法使い)


③彼氏/彼女/夫/妻/恋人の浮気や二股、裏切りなども含め、他人を許そうとし、他人のことを許してあげることは難しい。
とくに、時間がまだ経過しておらず、記憶が新しいうちは、難しい。

「寛大であること」よりも「許せない他人を許すこと」の方が難しい。

そして、難しいのだけれど、他人を許せなければ、自分はいつまでも、{負の世界観}の中で、被害者としてイライラしながら生きていき続けることになるのかもしれない。

浮気や二股をした彼氏/彼女/夫/妻/恋人なども含め、相手を許してあげることは、自分が損をして、相手ばかり得をしているようにも感じるが。

それは「自分と相手では、相対的に、どっちが得をしているか?損をしているか?」という、相対的な話でもあるのかもしれない。

そして相対的世界で生きる意味とは?名言(「相対性の罠にハマる」から「相対性の世界で遊ぶ♪」へ)にもあるとおり。
「自分と相手では、相対的に、どっちが得をしているか?損をしているか?」を気にしてしまうのは、【相対性の罠】にハマり込んでいるからでも、あるのかもしれない。

もし、「自分と相手では、相対的に、どっちが得をしているか?損をしているか?」という相対的な{損得}が存在しなければ。
自分自身のためにも、自分の残りの人生のためにも、相手を許してあげることは、プラスなことでも、あるのかもしれない。

「他人を許すか?許せるか?許さないか?」は、他人との相対的な関係の話ではなく、自分自身の人生に関する話でもあるのかもしれない。


④破滅的な原則{今さえ良ければ良いんだ/自分さえ良ければ良いんだ/金さえ手に入れば良いんだ}に根ざして生きていると、生きている間中、【他人を傷つける罪深い行為】を積み上げてしまうのかもしれない。
そして、その自らの行為によって、他人も含め、自らが長きにわたり、苦しみ続けることにもなるのかもしれない。

一方、繁栄的な原則{正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心}のもと、他人の幸せに貢献する生き方をするならば。
自分だけを愛するのではなく、愛する対象を他者へと広げていき、他人をも愛するようにし、{他人への愛}を活動源に人生を生きていくならば。

その自らの行為によって、長きにわたり、他人からも信頼され愛され、自らも救われることになるのかもしれない。
関連自己顕示欲と承認欲求を抑えるには(承認欲求からの自由)


~自分と他人を許す方法|自分と他人を許せない!でも許したい!~
<writer 名無き仙人>





バス男「あぁ、そういえば僕は最近、バス子ちゃんから借りた5000円で、釣竿を買ってしまったんだ。お金を返せるメドはないのに。ごめんなさい。許して下さい・・」

バス子「ちょっと、「許さないといけない雰囲気漂う記事」の中で、タイミング良く、貸した5000円の話を出さないでよね。許すとか、許さないとかの前に、早く返してよ。」

仙人「許すことにより前に進み、過去から自由となって・・楽しい幸せな人生を生きていけると良いのぉ。→「ハワイに伝わる癒しの秘法 みんなが幸せになるホ・オポノポノ」の書評/感想/レビュー







関連→自分の人生を生きるコツ(他人の意見」と「自分の意見」)
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