人の話を聞かない人/男女の心理

■人の話を聞かない人の心理/自分の自慢話ばかりする人の心理/男性女性/親/子供/対処方法/人の話を聞くのが苦手


人の話を聞かない人/男女の心理


バス男「だ・か・ら、要は、バス子ちゃんは、鯉助君にメールを送りたいんでしょ?グチグチ言わずに送れば良いじゃないか。」

バス子「もうっ!毎回、毎回、私が話している最中に、話を遮って自分の話をするのは辞めてよ!バス男さんって、本当に自分勝手な自己中な人よね。」

バス男「なっ、僕はただ、アドバイスしてあげただけだろ?もう知らない!僕はもう、怒ったからね。」

バス子「もうっ、バス男さんは仙人の【人の話を聞かない人/男女の心理】の話を、聞いていないの?」

バス男「仙人様の【~「理解してから理解される」を実践してみる~人の話を聞かない人/男女の心理】の話?」

バス子「うん。あのね、仙人が言うには・・」







~「理解してから理解される」を実践してみる~

1.人の話を聞かない人/男女の心理

①友人との会話にて

■「・・とサキちゃんは言ってたから、きっと今はまだ、サキちゃんは結婚のことまでは、真剣に考えていないと思うんだ。」

A君の恋愛話を聞きつつ、私は「いや、それは違うな。サキちゃんも結婚を意識している。ただ・・があるから、そう振舞っているだけだ。」と感じました。

A君は話を続けます。「だから俺は、サキちゃんに対して、あま・・」

私はもう、これ以上はA君の{間違っている話/的をえていない話/思い込みによる勘違いの持論}を聞く価値も意味もないと思い「いやいや、そうじゃなくてね・・」と話し始めました。A君の話を途中で遮って。

その瞬間、はっ!として、私は再び、A君に話すよう促しました。


「いやいや、そうじゃなくてね、・・・あ、いや、なんでもない。で?」

話しかけて辞めた私のことを、いぶかしげな目で見つつ、再びA君が話し始めました。「そのぉ・・だから俺は、サキちゃんに対して、あまり積極的にはアピールしないようにしていて、メールも電話も・・・(長話が続く)」




A君が話している最中に、A君の話を遮り「いやいや、そうじゃなくてね・・」と話し始めた瞬間、私には書籍/7つの習慣にあった「理解してから理解される」の話が思い出されたのでした。

著者であるスティーブン・R・コヴィー先生は、本の中で、こういった意味合いの話をされていました。

「相手の話を聞きなさい。
相手の話を「その話って、つまり、こういうことでしょ?」と自分なりに勝手に理解/解釈するのではなく、全身全霊で理解するよう努めながら聞きなさい。
相手の口から出てくる言葉を、ただ聞くのではなく、相手の伝えたいことや、相手の感情、相手の世界(世界観)を、相手の言葉、トーン、表情、身振り手振り・・それら含め聞き、本当の意味で相手を理解するよう努めなさい。
相手の感情も含め、聞くよう努めなさい。」


私達は誰しも「相手から理解されたい!」と心の深い部分では望んでいて。
でも、私達は、相手の話を聞くときには「うん、うん。」と聞くものの、それはただ、相手の言葉を耳に入れて頷いているだけで、{相手を理解しよう!}と思いながら聞いているのではなく、ただ{答えるために聞いている}場合も少なくないのかもしれません。

私は、A君の話を「うん、うん。」と頷きつつ聞いてはいたのですが、そこに{A君の伝えたい真意を理解しよう!A君の気持ちや感情を理解しよう!A君に見えている世界/A君が感じている世界/A君が経験している世界を理解しよう!}という気持ちは皆無なのでした。

私はただ、A君の話を{答えるために聞いている}もしくは{返答するために聞いている}だけのようなのでした。

そのため。

A君がまだ、話している最中にも関わらず、
「あ~、わかる、わかる。私もそういったことは、経験してきたから。つまり、こういうことでしょ?」
「要は、A君が言いたいことは、○×△ってことでしょ?」
などと、自分なりに勝手にA君の話を理解/解釈し、A君の話を途中で遮り、自分が話し始めてしまうのでした。

私は「うん、うん」とA君の話に耳を傾けつつも、実際は、私の脳内で行われていることは「自分なりに、自分の良いように、相手の話を理解/解釈すること」であるようにも思われたのでした。
相手を理解しようとするのではなく・・。


もしくは、「あー、なるほど。A君は、そこが間違っているよ。だからね、解決策としては・・」などと、A君の話を途中で遮り、自分が話し始めてしまうのでした。
どうも、私はただ、A君の話を{間違いを探し指摘するために聞いている}だけのようにも思われたのでした。

話を聞きながら、{間違い探し/指摘するところ探し}を常にしている私・・。

「うん、うん」と耳を傾けつつも、実際、私の脳内で行われていることは「相手の話の中に現われてくるであろう{間違い探し/指摘するポイント探し}をすること」であるようにも思われたのでした。
相手のことを、理解しようと努めるのではなく・・。


また、私は「うん?いや、そこは私とA君の違う部分だ。私は、そうは思わない。私が思うに・・」などと、A君の話を途中で遮り、自分が話し始めてしまうのでした。
どうも、私はただ、A君の話を{反論するために聞いている}だけのようにも思われました。

話を聞きながら、{反論するポイント探し/自分とは違う部分探し}を常にしている私・・。

「うん、うん」と耳を傾けつつも、実際、私の脳内で行われていることは「相手のことを理解しよう!」ではなく、「相手の話の中に現われてくるであろう{自分との違い探し/反論するポイント探し}をすること」であるようにも思われたのでした。



「あぁ、そうだった。人間関係における原則の1つは【理解してから理解される】だ。会話の最中に運よく気がつけたのだから、こんな時ほど、さっそく実践してみよう。」

A君の話を、自分なりに勝手に解釈するのではなく、全身全霊で理解しようと、私は頑張り始めました。
A君のことを理解しようと、A君の{伝えたいこと/感じている感情/世界観}を、A君の言葉、トーン、表情、身振り手振り・・含め、聞き、

自分の価値観に照らし合せて{A君が正しいか?間違っているか?}をジャッジ/判断するのではなく、否定も肯定もすることなく、ただ聞き、理解するよう頑張り始めたのでした。


頑張り始めた・・のですが、1分も経たないうちに「いや、それは違うだろ?」と思い、「いや、でもね・・」とA君の話を遮り喋り始め、私が話し終わらないうちに、口を挟もうとするA君をせいし、最後まで話しとおしたのでした。


「ふぅ~(言ってやった!)」言いたいことを全部言って、すっきりしていると、A君の{しょんぼりした表情/不満そうな表情}が視界に入ってきました。

「やってしまった!」そこで、自分の過ちに、また気がついたのでした。


「はぁ、どうして私は、人の話を最後までちゃんと聞けないのだろう?」よくよく考えてみれば、私は人の話を、最後まできちんと聞かないことの方が多いように思われ・・

その後は、A君の話を「うん、うん。」と聞きつつ、その間に、自分の内で行われている{意識や思考の動き}をチェックしてみたのでした。

すると、「人の話を最後まで聞けない理由」は、すぐにわかってきました。

私はどうも、相手の話を聞いていると、自分の持論を話したくなるようなのでした。

では、どうして、自分の持論を話したくなるのだろう?そう自問してみると。

その答えは「自分だけが正しい」と思っているから・・であるよう思われたのでした。



②人の話を聞けない人の特徴/原因/理由~人の話を聞かない人/男女の心理~
■A君との会話に限らず、webサイトの記事でも、私は自分の持論を押し付けがましく連発しているのでした。

そして、押し付けがましい自己主張を連発している根底にあるものは「自分だけが正しい」という‘思い込み/大前提’にあるようにも思われたのでした。

「自分だけが正しい」という‘思い込み/大前提’をもつ私の、無意識領域下にある意識は、こうだと思われました。

「私が正しいのだから、私とは違う{意見/考え方/価値観}をもつ貴方は間違っているわけです。だから、間違っている貴方は、私の正しい主張に耳を傾け、自己改善に努めるべきです。」


「自分だけが正しい」という大前提をもつ私の、この潜在的な{意識/思い込み}の影響は、押し付けがましい記事だけではなく、日常生活にもでているよう思われたのでした。
その一端が、A君との会話だったのかもしれません。


私は「自分だけが正しい」という思い込み、大前提をもっているため、自分とは違う意見や、自分の考え方、価値観とは、違う{意見/考え方/価値観}などが出てくると、「いいや、それは違う!」と感じ、そのためすぐに「いや、でもね・・・」と口を挟んでしまうようにも思われました。


「自分だけが正しい」という思い込み、大前提をもっているから。
自分とは異なる{意見/考え方/価値観}の全てが、私にはどうも、自覚がなかったのですが「間違っている」と認識されているようなのでした。


★人の話を聞かない人/男女の心理★
~「自分だけが正しい」と思い込んでいると、自分とは異なる{意見/考え方/価値観}が間違っているように感じる~


そして、‘思い込み’というは、当人も気がついていないから‘思い込み’なわけで。
そのため私は、「自分だけが正しい(自分が正しいのだから自分とは異なる{意見/考え方/価値観}をもっている人たちは皆、間違っている!)」と思い込んでいることすら、気がついておらず、

1人で「なんで、Aさんは自分の間違いに気がつかないかなぁ?」「世の中には間違っている人が多くて嫌になるな!」とプンスカと怒りながら、生きているようにも思われたのでした。


例えばA君との会話において。
「サキちゃんは結婚のことまでは、真剣に考えていない」という、私の考え方とは異なる考えのA君の話を聞いていると、私は無意識のうちに「いいや、それは違う」と判断してしまっていて。

私にとって【自分とは違う{考え方}=間違っている{考え方}】であるため、間違っている{考え方}の話など、最後まで聞く価値もないし、相手に間違いを気づかせてやらねば!と思うため、途中で話を遮り、自分の話をしてしまうようにも思われたのでした。


そして、だからこそ。
{相手の話を途中で遮り喋り始める行為}は、遠まわしに「貴方は間違っています。間違っている貴方の話など、最後まで聞く価値がありません。私の正しい話を聞きなさい!」と言っているようなものであり、

そのため、途中で口を挟まれた相手は、しょんぼりするか、もしくは「いいや、名無きこそ間違っている。俺の方が正しいんだ!」と、強く反発してくることになるのかもしれません。


<自分とは違う{考え方}=間違っている{考え方}>
「自分だけが正しい」と思い込んでいる私には、自分とは異なる{意見/考え方/価値観}をもっている人たちは皆、間違っているよう思えていて。
その根底にあるのは、「正しい意見、考え方、価値観は1つだけ。自分の{意見/考え方/価値観}だけが正しい。」であるようにも思われたのでした。


★根底にあるもの★~人の話を聞かない人/男女の心理~
~正しい意見、考え方、価値観は1つだけ。自分の{意見/考え方/価値観}だけが正しい~


そのため、自分とは異なる{意見/考え方/価値観}をもつ相手の話を聞いていると、間違っているように感じてしまうようなのでした。

しかし、2人ともが正しいことが、ありうるそうなのです。
例えば、私は以下の空き缶を見て、

「これは、紛れもなく、{事実空き缶}だ。どう見ても{事実空き缶}だ!」と思います。
理由もなにも、ないですよね。
どう見ても、{事実空き缶}なのですから。

なのに相手は、「いやいや、この空き缶は{嘘空き缶}だよ。」と、言う場合もあるようです。

そのような場合、私は「どうして、相手は自分の間違いに気がつかないかなぁ。困るなぁ。どう見ても{事実空き缶}じゃないか。私の正しい意見を、なんとかして相手に納得・理解させなきゃ。」と、思考が進んでしまいます。

こうなると、
私→「これは、どう見ても{事実空き缶}だろ?間違いを認めろよ。」
相手→「は?これは{嘘空き缶}だよ。名無きこそ、間違ってるよ。」
と、言い争いになるばかりです。
そして私は、「あの人は、間違っているクセに、自分の誤りを認めず・・」などと、相手を批判することになってしまうようなのでした。


しかし、です。
私達は、互いに同じ事実を見ているのに、2人には、違うように事実が見えており・・・尚且つ、その2人が見ている事実、両方ともが正しい、、、ということも、ありえるのかもしれません。

【2人には、違うように事実が見えており・・・尚且つ、その2人が見ている事実、両方ともが正しい】

そんなことは、ありえるのでしょうか。

問題解決の本/書籍(第3の案 成功者の選択)によると、ありえる!らしいのです。
だからこそ、少し落ち着いて冷静になり、「自分だけが正しいのではないかもしれない。相手も、正しいのかもしれない。」と、{自分だけが正しい!相手は間違っている!}という己の考えを、疑って・・

{事実空き缶}を、上図のように、少しづつ右にまわしていくと・・

なんと、裏側から見ると、どう見ても{嘘空き缶}にしか、見えなかったりすることもあるのかもしれません。


【2人には、違うように事実が見えており・・・尚且つ、その2人が見ている事実、両方ともが正しい】


同じ地球に生きている私たちには、1つの現実があり、その{同じ1つの現実}を、私たちが皆、見ているならば。

その{同じ現実}は、{同じ現実}ではあるものの、人それぞれによって、違って見えるし、違うように感じるものなのかもしれません。1人1人で、立ち居地も視点も、感性も違うから。

それなのに{自分だけが正しい/自分はまともな人間だ}と、心のどこかで思い込んでしまっている私は、自分とは違う{意見/考え方/価値観}をもっている人と遭遇すると「あ、この人は間違っている!この人は、まともではない人間だ!」と思ってしまい・・そう思うから、その人の話を聞けなくなってしまっているようなのでした。

「間違っている人/まともではない人」の話なんて、聞く価値がないように思えるから、でしょうか。
関連常識と非常識/正しいまともな人とは?意味(相対性と自分の意見と他人の意見)


Aさんは言います「ブラジルって、大きいなぁ。」と。
私は、そんなAさんの発言を聞き、内心「はぁ?日本は見えるけど・・ブラジルってなに?そんなものは実在していないじゃないか!Aさんは、キチガイだな。おかしな人だ。」と思い、Aさんのことをバカにし見下し「Aさんは{間違っている人/まともではない人}だ」とジャッジし決めつけ、そこから先はAさんの話なんて、聞きもしないし、Aさんのことを理解しようともしないようなのでした。

しかし、私も正しいのかもしれませんが・・Aさんも、正しいのかもしれません。
上のイラストの場合、地球を反対側から見ているAさんには、ブラジルが見えることでしょう。


同じ地球に生きている私たちにとって、1つの現実があり、その{同じ1つの現実}を、私たちが皆、見ているならば。
その{同じ現実}は、{同じ現実}ではあるものの、人それぞれによって、違って見えるし、違って感じるものなのかもしれません。1人1人で、立ち居地も視点も、感性も違うから。

だから、自分だけが正しいのではないのかもしれない。相手も、正しいのかもしれない。
自分と相手の{意見/考え方/価値観}の相違は、優劣の違いでも{正しいor間違い}の違いでもなく、単に、‘違い’なのかもしれない。


★人の話を聞かない人/男女の心理★
~{同じ現実}を生きていても、人それぞれで違うように見え、違うように感じる。1人1人で、立ち居地も視点も、感性も違うから~


むしろ、自分だけが正しい!ということは、ありえないのかもしれません。
「自分だけが正しい!自分とは違う{意見/考え方/価値観}をもっている人は{間違っている人/まともではない人/劣った人}だ!」と感じてしまうものですが・・

その理由は、私たちが、‘自分’という肉体から抜け出て、他人の脳内に入り込んでいき、他人の立ち居地に立って、他人が経験している現実、他人の視点から見えている現実、感性の違いにも影響される他人の脳内に映し出されている現実、他人が感じている感情・・などを経験することが出来ないから、

‘自分’という肉体から見た場合に、{見える・感じる}ものが、唯一の真実であるように、思えてしまうだけにすぎず・・

同じ地球に生きている私たちにとって、1つの現実があり、その{同じ現実}を、私たちが皆、見ているならば。
その{同じ現実}は、{同じ現実}ではあるものの、人それぞれによって、違って見えるし、違って感じるものなのかもしれません。1人1人で、立ち居地も視点も、感性も違うから。

「自分だけが正しい!」と言うのは、「自分の立ち居地/自分の視点/自分の感じ方
だけが正しい!」と言っているようなものでもあるのかもしれません。
‘自分’という肉体を超えて、他人の{立ち居地/視点/感性}を含む、この世の全体像を客観視すると・・

<自分はあくまで、皆と同じ、1個人であり、皆と一緒に{同じ現実}を、1個人の立場/視点/感性から見ている‘1人の者’にすぎない>

「自分だけは特別な存在なのだ!」と思っていたい深層心理をもつ私達にとっては、苦しいことではあるのだけれど。
謙虚に、「自分だけが特別尊い存在ではないのだ。皆も、特別な存在であり尊い存在なのだ」と思うことによって、他者のことを尊重できるようになり、相手の話を敬意をもって聞けるようになるのかもしれません。


‘自分’という肉体から抜け出ることが私達には出来ないから。
ついつい、自分中心になりがちであり、自分が正しいし、自分が偉くて、周りの人達は劣っていたり間違っていて、だから「自分の立ち居地/自分の視点/自分の感じ方が正しいのだ!」と無意識のうちに思いがち・・なわけですが、

皆のことを心から尊重し、自分だけを愛するのではなく、皆のことを心から愛して、この世の全体像を客観視すると・・

自分はあくまで、皆と同じ、1個人であり、皆と一緒に{同じ現実}を、1個人の立場/視点/感性から見ている‘1人の者’にすぎない・・とも感じることがありうるのかもしれません。



また、自分も間違っていることも、あるのかもしれません。
誰しも、勘違いしていて、間違ってしまっていることは、あるようだからです。

そして、そもそも「正しいかどうか?」は、特定の価値観をもっている場合に、存在しうるものなのかもしれません。

例えば、お金に対して過剰に価値の重きを置いている場合。
「お金より、奉仕や貢献の方が大事だよね!」という意見を聞けば「いいや、それは間違っている。それは綺麗ごとにすぎない。現実を見ろよ!貴方だって本当は、お金を望んでいるでしょ!」と思うことになる場合もあるのかもしれません。

思い込みが激しい!癒しの心理学(世界観の事例と説明と癒し方)にもあるとおり、‘自分’という肉体から抜け出ることが出来ない私達は「自分だったら、どう感じるか?(自分ならお金が欲しい!と感じるから、この人だって内心は、そう思っているに違いない!)」という自分基準をもとに、類推しがちだからでしょうか。

しかし、その「お金より、奉仕や貢献の方が大事だよね!」という意見は、間違っているわけではなく、たんに、1意見なのかもしれません。

お金にばかり価値をおく価値観から見た場合に、「お金より、奉仕や貢献の方が大事だよね!」という意見が{間違った意見}にも感じられる場合があるのかもしれません。

「いいや、そうはいっても、お金の方が大事だろ?どうして、それがわからない?正直に認めろよ!」そう思うわけですが。
その根底には、「自分の価値観(だけ)が正しい」という‘大前提/思い込み’が存在しているのかもしれません。

そして人はそれぞれ、異なる価値観をもっていて、自分の価値観だけが唯一絶対に正しい価値観なわけでもなく、{自分とは異なる価値観}も尊重されるに値するものなのかもしれません。


もし、{自分とは異なる価値観}も尊重されるに値するものであるならば。
「お金より、奉仕や貢献の方が大事だよね!」という話も、間違っている話でも、ないのかもしれません。


<正しいかどうか?は、特定の価値観をもっている場合に、存在することになる>
奉仕/貢献に対して過剰に価値の重きを置き、お金を毛嫌いしている場合。
「奉仕や貢献よりお金の方が大事だよね!」という話を聞けば「いいや、それは間違っている。貴方も心の深い部分では、お金より奉仕や貢献の方が大事だ!と感じているハズだ!」と思うことになる場合もあるのかもしれません。

‘自分’という肉体から抜け出ることが出来ない私達は「自分だったら、どう感じるか?(自分なら奉仕・貢献が大切!と感じるから、この人だって心の深い部分では、そう思っているに違いない!)」という自己基準をもとに、類推しがちだからでしょうか。

しかし、その「奉仕や貢献よりお金の方が大事だよね!」という意見は、間違っているわけではなく、たんに、1意見なのかもしれません。

お金を毛嫌いし奉仕・貢献に価値をおく価値観から見た場合に、「奉仕や貢献よりお金の方が大事だよね!」という意見が{間違った意見}にも感じられる場合があるのかもしれません。

「いいや、そうはいっても、{奉仕や貢献よりお金の方が大事}なんて世の中になれば、社会が長期的には破滅するぞ!なぜ、それがわからない!?心を入れ替えろよ!」そう思うわけですが。
その根底には、「自分の価値観(のみ)が正しい」という‘大前提/思い込み’が存在しているのかもしれません。

そして人はそれぞれ、異なる価値観をもっていて、自分の価値観だけが唯一正しい価値観なわけでもなく、{自分とは異なる価値観}も尊重されるに値するものなのかもしれません。

もし、{自分とは異なる価値観}も尊重されるに値するものであるならば。
「奉仕や貢献よりお金の方が大事だよね!」という話も、間違っている話でも、ないのかもしれません。


「いやいや、だからね、{奉仕や貢献よりお金の方が大事}なんて世の中になれば、社会が長期的には破滅するでしょ?それを許しちゃ駄目でしょ!」そう感じるわけですが。

そういって、{どちらの価値観が正しいか?優秀か?}の二者択一の勝負をし始めるから、この世には個人レベルでも国家レベルでも{争い/小競り合い/対立/裁判/闘い/戦争}が絶えないのかもしれません。

{どちらの価値観が正しいか?優秀か?}の二者択一の勝負をし始めれば、相手を負かして、自分が勝つのだ!と両者が頑張り始めるわけで、それは、どうあろうと{争い/小競り合い/対立/裁判/闘い/戦争}へと発展するのかもしれません。

ではなくて、、、{どちらの価値観が正しいか?優秀か?}の二者択一の勝負を始めるのではなくて。
よりよい第三の案や選択肢を、{大切な仲間であり同胞}である相手と、ともに見出していく・・そのことが大切であるから、先生は問題解決の本/書籍(第3の案 成功者の選択)をご出版されたのかもしれません。


そして、正しい、間違っている、がないならば。
他者の意見も、自分の意見も、等しく、尊重されるに値するものなのかもしれません。

で、あれば、他者の意見も、自分の観点からすれば「くだらない。間違っている」と思えても、耳を傾ける価値があって・・・耳を傾け、最後まで話を真剣に聞くことが、相手に対する気づかいであり、相手に対する敬意であり、相手に対する愛となるのかもしれません。

そして、その‘愛’が、対立する炎を優しく包み込んでいき、争う2人の間に、国家間に、長期的な平和と繁栄をもたらすものなのかもしれません。



③人の話を否定する人の心理~人の話を聞かない人/男女の心理~
■「はぁ~。私はまったく駄目じゃないか。
記事では偉そうなことを書いているのに・・

反省し、「今度こそは、途中で遮り喋りはじめないぞ!」と心の中で誓って、A君の話に耳を傾けはじめました。


A君→「だから俺はもう、自分からはサキちゃんに連絡をしないように、しているんだ。」

私→「ふ~ん、そうなんだ。(それは間違っているよ。自分からも連絡すれば良いのに。)」

A君→「そしてね、かれこれもう2ヶ月も、サキちゃんからは連絡がないんだよ。」

私→「あ~、うーん、そうか。(そりゃそうだよ。自分からは連絡していないのだろ?)」

A君→「サキちゃんは、俺のことを、どう思っているのかなぁ?」

私→「どうだろうね。(彼女もA君に対して気を使っている・・とか、他には、、、)」



ぅん!?

そこでようやく、自分の内で行われている{意識・思考の動き}に気がついたのでした。

私は「今度こそは、途中で遮り喋りはじめないぞ!」ということで、A君の話を遮ることなく聞いてはいたものの、A君の{伝えたいこと/感じている感情/世界観}を理解しようと努めているわけではなく、

私はただ、ひたすら自分の価値観に照らし合せて、{A君が正しいか?A君が間違っているか?}をジャッジ/判断し続けているよう思われたのでした。
つまり、私はA君のことを心の中で裁き続けているようにも思われたのでした。


★人の話を聞かない人/男女の心理★
~話を聞き理解しようとしているのではなく、話を聞きジャッジ/判断している~


ジャッジするのではなく、相手の{伝えたいこと/感じている感情/世界観}を心から理解するよう努める。
肯定や否定をするでもなく、同情するでもなく、ただ、心から理解しようと努め、ありのまま受けとめる。

そう深く感情移入し聞くことにより、時には、相手の{感情/世界観}などによって、自分が影響を受けてしまうこともあるかもしれないが。
全身全霊で、{愛する仲間/大切な同胞}である相手の{伝えたいこと/感じている感情/世界観}を心から理解するよう努める。

すると相手は、「自分のことを理解してもらえた」と感じることになり、「自分のことを理解してもらいたい!」という欲求が満たされたために、今度は、「自分のことを理解してくれた相手のことを理解してあげたい!」という欲求が芽生えてきて、

すると「理解してから理解される」・・・互いに理解しあう関係が構築されることになり、win-winの人間関係となっていくのかもしれません。


★人の話を聞かない人/男女の心理★
~人間関係に関する原則 → 「理解してから理解される」~



④人間関係で大切なことは愛~人の話を聞かない人/男女の心理~

■自分の話ばかりをすれば{自分がwin-相手がlose}となり、相手が不満をもつことになるわけですが。
「相手の話を聞かなきゃ!」と、自分が「私だって、話したいのにぃ!」と不満を感じつつ我慢して聞いてばかりいると、それは{相手がwin-自分がlose}の関係になって、自分は不満を蓄積させていくことになり・・

自分と相手、どちらが勝とうと、負けようと、長期的にはwin-winの人間関係でなければ上手くいかないため、互いに気持ちよく話ができるよう、「話を聞くー話す」「理解するー理解される」のバランスも大切となるのかな、と個人的には思うのでした。


さて、上記は「理解してから理解される」に関する、理論的な話であるようにも、感じているのでした。
なぜなら、上記のような話を知識としては知っているにも関わらず、私はまったく実践が出来ていないから・・。


この「理解してから理解される」を実践するためには、ついつい自分にだけ向けられがちな愛を他者へと広げ、愛する他人を自分のように大切に扱い、自分自身の幸せを心から願っているように、愛する他人の幸せを心から願うことも、重要となるのかもしれません。
関連見返りを求める愛とは?意味(愛を広げる/本当の愛を知る)


‘他者へと広がった愛’があるから、先生は、「理解してから理解される」を実践することが出来るのだと思う。

個人的には、その‘他者へと広がった愛’なくしては、理論を知っても実践ができないことを痛感させられているのでした。

逆を言えば、上記のような話を知識としては知らなくても、‘他者へと広がった愛’をもつ愛深い人ならば、既に実践されていることも、多々あるであろうとも思われました。


★人の話を聞かない人/男女の心理★
~「理解してから理解される」を実践するコツ→他者を愛し、他者を大切にし、他者の幸せを心から願うこと~


愛の原則は{愛すれば愛される}だとも思うのです。

ついつい、自分にだけ向けられがちな愛を、他者へと広げておられた偉大なる先生は、みんなのことを愛していらして、だからこそ、愛する皆のことを・・大切な仲間である皆のことを理解しようと、相手の話にしっかりと耳を傾けていらしたのだと思う。

そして、皆を愛し、皆のことを理解しようと努め、皆の話をしっかりと聞いていらした先生は、だからこそ。
皆からも愛され、皆からも理解してもらえ、皆からも話を聞いてもらえていたのだと思う。


それに比べ・・ついつい、自分だけを愛している私は。
自分のことだけを愛し、だからこそ、他人のことは理解しようともせず、それどころか「この人は、私より劣っている」などとジャッジ/判断した結果、内心見下し、無意識的に相手を自分より ‘下’ だと思っているから相手の話も途中で遮り、{‘愛する自分’の話}を始めてしまうことが多々あるようにも思われたのでした。

そして、そう自分だけを愛し、皆のことを理解しようとはせず、相手の話をしっかりと聞かない私は、だからこそ。
皆からも愛してもらえず、皆からも理解してもらえず、相手からも話を聞いてもらえなくて・・そのため自分自身が苦しむことになっているようにも思われたのでした。


「うぅ。口先だけの部分を、改善していかなきゃ。」
そう思い、今日も寝る前に先生の本を開くのでした・・。



~まとめ 人の話を聞かない人/男女の心理~
①人の話を聞かない人/男女には、「自分だけが正しい/自分はまとも」という大前提や思い込みがあるのかもしれない。
「自分だけが正しい/自分はまとも」という大前提や思い込みがあると、人はそれぞれ、皆、違いがあるため、他者が{間違っている人/まともではない人}に見えるから。


②人の話を聞かない人/男女には、「ついつい自分だけを愛してしまいがち」があるのかもしれない。
自分だけを愛していると、愛していない他者の話に耳を傾けるよりも{愛する、可愛らしい、大切な‘自分’の話}をしたくなるから。


③私達は{答えるために聞く}{判断し裁くために聞く}{間違いを探し指摘するために聞く}を、ついつい、しがちなのかもしれない。
ではなくて、良好な人間関係のためには「相手を理解するために聞く」が、大切となるのかもしれない。

そして私達は皆、「自分のことを理解してもらいたい!」という欲求をもっていて。
「自分のことを理解してもらいたい!」という欲求が満たされれば、今度は、「自分のことを理解してくれた相手のことを理解してあげたい!」という欲求が芽生えてくる。

すると「理解してから理解される」・・・互いに理解しあう関係が構築されることになり、win-winの人間関係となっていくのかもしれない。


~人の話を聞かない人/男女の心理~
<writer 名無き仙人>





バス男「人の話を聞かない人/男女の心理かぁ。」

バス子「理解してから理解されるを実践していけるといいわね。」

仙人「他者へと愛を広げていくことで、他者とのwin-winの関係を築いていけると良いのぉ。関連記事としては自慢話をする人の心理(自慢話をして、人から好かれる人と嫌われる人の違い)や、好感/好印象をもたれる男女の会話術(謙虚さと「友好的に話すコツ」)もお勧めじゃよ。」







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