絶望どん底人生からのやり直し方法

■人生どん底から這い上がる方法/人生に絶望したとき/20代30代40代50代人生やり直す方法・名言/格言/言葉


絶望どん底人生からのやり直し方法


バス男「ほ~。今週のTV番組は・・」

バス子「ちょっとバス男さん、昼間っから雑誌を読みつつ「今週のTV番組は・・」とか、言ってる場合じゃないでしょ。もっと人生を頑張ったら?」

バス男「う、う、うぇ~ん・・」

バス子「ちょっ、どうして泣き出すのよ?どうしたの?」

バス男「うっ、うっ・・僕は、絶望的などん底人生が辛くて、現実と向き合い頑張るのが、もう嫌なんだよぉ。うぇ~ん・・」

バス子「まぁ、その気持ちは、私も今、人生が辛くてわかるけど・・バス男さんは仙人の【絶望どん底人生からのやり直し方法】の話、聞いていないの?」


バス男「仙人様の【~人生、どん底時の考え方/捉え方~絶望どん底人生からのやり直し方法】の話?」

バス子「うん、仙人が言うにはね・・」







~人生、どん底時の考え方/捉え方~

1.絶望どん底人生からのやり直し方法

①逃げ場のない苦しみ

■「あぁ、もう!人生が嫌になる。もう人生がメンドウだよ・・」

こんなに、気分が落ち込み・・否、{気分が落ち込む}なんて表現ではない。


辛さ・苦しさ・絶望感・悲しさ、、、強い強い{辛さ・苦しさ・絶望感・悲しさ}を感じることになったのは、いつ以来であろうか。

私は、心の苦しみに、1人のた打ちまわっていた。
肉体的には、なに1つケガをしたわけでもないし、出血等もしていない。でも、とても、とても苦しいのであった。

肉体は苦しんでいない。

苦しんでいるのは、私の心であった。

それはもう、{魂が苦しんでいる}という表現が大袈裟ではなく、適切であるよう思えた。

「もう、嫌だ!」
「辛い、苦しい!」
「どうして、私ばかり、こんな目に合わないといけないの!?」


肉体的な苦しさなら、病院など、物理的な{逃げ場}もあるかもしれない。

が、{魂が苦しんでいる}場合、物理的な{逃げ場/逃避場所}はなく、私は1人、部屋の中で苦しみ続けていた。


とことん、気分が落ちていた。


私は、これまでの人生で、(自分の中では)とても苦しい体験/経験をしてきていて。
それが嫌で、「自分と人生を変えよう!」と思い、自分なりに、頑張ってきているのであった。

その過程で、TVまで部屋から排除し 笑 たくさんの本も読んできたし、自分なりには頑張って心の修練してきているのであった。

「もう、人生で、辛い経験をしたくない!幸せな人生を生きたい!」その思いが、私を突き動かしてきているのであった。

修練の最中には、自分の‘痛み’にも向き合い、目先の娯楽まで断ち、

・原理原則
・信念/潜在意識/価値観
・他人との人間関係
・人間関係のバランス
・win-winの人間関係
・恋愛
・お金

など、自分なりに、「こういった面を精進していくことにより、私の人生は、幸せになっていくハズだ」と思えたことに、頑張って取り組んできていて、

にも関わらず。
また再度、こんなにも強い強い{辛さ・苦しさ・絶望感・悲しさ}を感じる経験をすることになってしまったのであった。

私は今まで、「苦労や失敗経験による辛さを、もう味わいたくない」や「幸せな人生を生きたい」という思いのために、頑張ってきているから。
強い強い{辛さ・苦しさ・絶望感・悲しさ}を感じる経験をすることになったことで、今までの頑張りが、無駄であったようにも思え・・

その{積み重ねてきた努力を否定されたような空しさ}もあり、私は絶望感を感じ、やる気も、前向きな気持ちも、頑張る気力も、失ってしまったのであった。

やる気も、前向きな気持ちも、頑張る気力も、なくなった今。
私に残っているのは、「もう、人生が、面倒だな」という諦めにも似た、やるせない気持ちや、「頑張ってもまた、どうせ、駄目になるのではないか?」という不安や絶望感などであった。


私は、自分の人生に苦労が途絶えなかった理由の1つが「苦労を通して人間的な成長をしなきゃ!」という自身の思い込みにあると、ある時、気がついた。
そのため「苦行(苦しみを通して学び成長する)だけは、もう絶対にしたくない。しない。」そう思い、そう誓い、今まで、自分なりには頑張ってきた。

「今後の人生では、幸せや楽しみや喜びのみを経験するのだ!」そう誓い、今まで、自分なりには頑張ってきた。
だからこのHPのタイトルも【幸せ楽しい人生成功仙術】にした。

そのため一般的には{辛い出来事}が起きても、プラスの面を捉え見ることで、「これも素晴らしい出来事なのだ。感謝しよう!」などと、前向きに楽しく生きてきたつもりであった。
その過程で、偉そうに運が良くなる方法/幸運の言葉(相対性の世界には絶対的な幸運/不運の基準はない?)などの記事も書いてきている。

それなのに。
私は今、「辛い!苦しい!どうして?」と、プラス思考を頑張ってもプラスには捉えにくい、徹底的に打ちのめされるような事象が現実に起きたことで、もう、どうしようもなく苦しむことになっている。

あぁ、やっぱり、私は駄目なのか?
自分に対する自信も、自分のやってきたことに対する自信も、今回の件で、打ちのめされてしまった。


とことん、気分が落ちていた。


肉体的には元気なのに、心が苦しくて・・魂がのたうちまわるほど苦しくて、私1人、部屋の中で泣いた。

魂が本当の意味で苦しむと、肉体から、涙が出てくることを知った。

それまで、かかさず毎日取り組んでいた寝る前の繁栄原則に関する修練も、初めてやらなかった。「積み重ねても、まだ、無駄になるかもしれない」と思うと、もう、やれないのであった。

私の心は、死んでいた。

私は、布団の中にうずくまるようにして寝ようとした。
考えることを辞め、寝ようと努めるのに、いろいろな考えや想いがよぎって、なかなか、眠れないのであった・・。



②どう考えるか?どう捉えるか?~絶望どん底人生からのやり直し方法~
■「あぁ、もう3時過ぎか。」
目を覚まし携帯電話で時間を確認すると、夜中の3時過ぎであった。

私は、寝ぼけたまま立ち上がり、トイレへと向かった。

トイレへと向かいながら、半無意識的に、こういう思考が行われていることに、なんとなく気がついた。

「本当の貴方(真我)はまったく傷ついていないし苦しんでもいない。ただ「傷ついた/苦しんでいる」という幻術を自らにかけて、そう「傷ついた/苦しんでいる」という錯覚を得ることにより貴方は、学び等を得ようとしている」

まぁ、そう言うふうに捉えるならば。
確かに、肉体的には傷ついていないのだから、自分の心さえ「傷つかない」とすれば、別に、肉体も心も、なにも傷つくことも、苦しむことも、ないわけで、

そういう意味では、少し、過剰反応をしているのかな?私は。

うーん。じゃあ、この「心の苦しみ/痛み」は、なんなのだろう?

また、努力が駄目になるのでは?という空しさから生じている「心の苦しみ/痛み」なのかな。

いや、その前に。
そもそも、学び等を得る必要なんて、あるのかな。面倒だなー、もう、学ぶとかって。もう良いよ、私はそういうのは。

わからないな。
あ~、もう、いろいろなことが、わからなくなってしまった。

自分になりには、いろいろと、わかってき始めていたよう思っていたのに。
でも実、まったく、私は、駄目だったわけか。はぁ、辛いな。



布団に戻り、そんなことを考えていると、いつの間にか眠りに落ちっていくのであった・・




名無き君は、「なぜ、こんな嫌な出来事が起きるの?」と、落ち込み、苦しんでいるようだね。
こんなに苦しんでいるのは、とっても、久しぶりなんじゃない?

「そうだよ!もう、人生が嫌になるよ。いや、本当に。」

うん、うん。そういうふうにも、感じられるよね。
苦しくて辛くて、人生が、嫌にもなるよね。

「本当に、そうだよ!こんな辛い苦しい経験をしなければならないくらいなら、自分も、現実世界も、最初から存在しない方がマシだったよ。あー、嫌になる。正直な話、もう人生を、わざわざ生きていくこと自体、面倒だよ。特に、こんな辛い経験をしなければならないのであるならば。」

そう感じるよね。
「どうして私だけ、こんなにも苦しまなければならないの?」と絶望感を感じることもあるよね。

「うん。もう本当に、嫌になる。どうして、こんな辛いことも、現実世界の現象として展開されることになってしまうの?」

さぁ、その本当の意味は、私にはわからない。
ただ、「ザ・マネーゲーム」から脱出する法や、みんなが幸せになるホ・オポノポノには、「起きる現象には「{観念/過去の記憶}の浄化」以上・以下の意味はない」というようなことも言及されていたね。

また、世の中では「辛い出来事も、人間的な成長のためには、役立つ」とも言われているよね。

そうなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。

ただ、どちらにしろ。
今回のような、プラス思考を頑張ってみても、容易にはプラスに捉えることが出来ない悲しい苦しい事件の時などは特に、そう認識し、捉えると「こんなに苦しいのだよ?わざわざ、成長や「{観念/過去の記憶}の浄化」のために、ここまで苦しい思いなんて、したくないよ。こんなに苦しむことになるなら、成長なんてしなくても良いし、観念・過去の記憶なんて、そのままでもいいよ。」と投げやりになり、逃げ出したくもなるかもしれない。

そして、そう投げやりになり、逃げ出し、後ろ向きに考え、愚痴を言い始めると、「私は被害者だ。生きるのが、もう面倒だよ」と思い始めることになり、すると負のオーラが漂い始め、もっと負の現象を引き寄せることになり、長期的には、自分自身がもっともっと苦しむことになりかねないよね。
関連運気をあげる引き寄せの法則のやり方({個人的な現実/個人的な世界}の改善方法)


名無き君も今までの人生経験から、その【人生の悪循環】のことは、痛いほど理解してきているでしょ。

「うっ。確かに今までの人生で、「嫌なことがあったから」と投げやりになり、後ろ向きに考え始め、愚痴を言うようになると悪循環に陥っていき、そのせいでもっと、苦しむことになってきたな。」

そうだね。だからね、物事の良い側面をとらえ、前向きな意味づけを行うこと。

今、とっても辛いよね。
とても辛いからこそ、{現実世界で起きた嫌な事象}に対して前向きに捉えたり、前向きな意味づけを行うことは、難しいよね。

だけどね、辛い時ほど、そう前向きに努めることにより【悪循環】から抜け出せ、長期的には、自分自身が救われることにもなるのかもしれないね。
悪循環にハマり込むと、もっと、もっと、長期的には自分自身が苦しむことになるでしょ。

「うーん。そうだけど・・」

君は既に、真我であり、「学び」も「高まる」もなく、「たどり着かねばならぬ地点」もないのかもしれない。

「ぅん?真我って?」

あ、ごめんね。
真我とは、{全ての全て}・・平たく言えば、この世界の全てを創造している創造主(神様)のことだよ。

この世界の全ては、君も、他人も、植物も、宇宙も、パソコンも、全部が、{この世界の全てを創造している創造主(神様)}の現われであり、部分・部分(1つの側面)なのかもしれない。

そのため、君は既に、真我(神様)であり、「学び」も「高まる」もなく、「たどり着かねばならぬ地点」もないのかもしれない。
私達は、自分のことを「自分は真我(神様)でない!自分は、動物の1種である1個人の人間(自我)だ!」と思い込んでいる場合もあるようだけどね。


★真我→この世界の全てを創造している創造主(神様)のことであり、自分含む全ての人間・動植物・宇宙のこと。

★自我→「自分は真我(神様)でない!自分は、動物の1種である1個人の人間だ!」と自らに思い込ませている、全体と分離した個別の意識。


君も、他人も、既に、真我であり、本当は別に、経験から学び成長しなければならぬ必然性も、ないのかもしれない。

だけど、「経験から学び成長する」をあまりに毛嫌いすると、特に、とても辛いことがあった場合などは、「こんなに苦しいのだよ?わざわざ、成長や「{観念/過去の記憶}の浄化」のために、ここまで苦しい思いなんて、したくないよ。こんなに苦しむことになるなら、成長なんてしなくても良いし、観念・過去の記憶なんて、そのままでもいい。」と投げやりになり、逃げ出したくもなり・・そのために悪循環にはまり込むことになり長期的には、自分自身が、苦しんでしまうことになる場合もあるのかもしれないね。


「でも、私はもう、この年齢だし、残りの人生がたくさん残っている子供でもないから・・もう「学び成長する」など面倒だよ。学び成長したって、残りの生涯の年数を換算すると・・ね。ましてや「苦行(苦しみを通して学び成長する)」なんて、もう、絶対にしたくないよ。はぁ、それなのに今回は、こんなことになってしまって。辛いよ。」

うん、うん。そう感じるよね。
そして、そう感じているのは、自我なのかもしれないね。
※自我とは→「自分は真我(神様)でない!自分は、動物の1種である1個人の人間だ!」と自らに思い込ませている、全体と分離した個別の意識。


本来の君である真我は、そうは、感じていないのかもしれない。
※真我とは→この世界の全てを創造している創造主(神様)のことであり、自分含む全ての人間・動植物・宇宙のこと。


君は今、自分のことばかりを考えるために自我が強くなっていて「私はもう、辛い経験をするくらいなら成長なんて、したくないよ!」と感じているのかもしれないね。

そして、そのために落ち込むことになり、「はぁ、もう人生が、面倒だよ」と気落ちしているようだよ。

このままいけば、気の面でも、意識の面でも、【引き寄せの法則】によって負のものを引き寄せることになり、もっと嫌な出来事を引き寄せることになり悪循環にハマり込むかもしれない。
そうなると、君自身が、もっと苦しむことになりそうだよね。
※気とは?オーラカラー/オーラの色の意味(気とオーラの意味)


「うーん、もうっ!じゃあ、どうすれば良いの?」

そのためにはね、1度、原点である原理原則・・繁栄原則{正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心}に立ち返り、真我の視点に立って「自分が、この経験から‘何か’を得て、もしくは得なくても、幸せになっていくことで、周りの皆にプラスの影響・貢献ができるならば、ありがたいことでもあるよね♪」と捉えること。
関連感謝の言葉/名言(【悪循環に落ち込む】→【好循環を作り出す】)


自分(自我)だけのことを考えるのではなく、自分含め、みんな(真我)のことを考えること。

自分が、この経験から、ポジティブな意味で変われば、苦行は辞めなさいのとおり、物理的にも魂レベルでも、人と人とは繋がっているため、みんな(真我)に、ポジティブな影響が(君が伝える気がなくても)伝わることになり、自他ともに、幸せになっていけるのかもしれないね。

「でも、もう、そんな説教臭い話、聞きたくもないよ。みんなの幸せのために、どうして、私が、こんな辛い経験もしなければならないの?意味がわからない!」

うん、うん。そう感じるよね。

そして、自分が表面意識で、どう感じていようと、どう考えようと。
どちらにしろ君は、この経験から、‘何か’を学び、それを自分の人生に役立て、また、その学んだ‘何か’を、(自分にその気がなくても、無意識レベル含め)皆と共有することになるであろう。

君は今まで、自覚のある・なし、に限らず、そうしてきており、それは、今後も、そうなんだよ。


君は、私であり、他人でもある。全てが真我であるから。

他人は、君であり、私でもある。全てが真我であるから。

私は君であり、全ての他人でもある。


私よ、利己的になるな。利己的になることで、自我意識の中に閉じこもるな。

そうすれば、長期的には我欲マイナススパイラルにより、自分自身(自我)が、もっと苦しむことになるのだ。
そのことを、経験的に、知っているであろう。


私の経験は・・辛いことも、楽しいことも含め、自分含む皆・・つまり、真我のためにあるのだ。

私の経験は、自我(個別の意識)のためにあるのではなく、真我(自分含む全ての全て)のためにあるのだ。

私は、自我のために人生で経験/体験をしているのではなく、真我(自分含む全ての全て)のためにしているのだ。

私よ。表面的な現われ・・に囚われることなく、その奥にある本質を見るのだ。


「でも、私は、私のために生きているし、他人は他人のために生きているよ。皆、自分のために生きているんだ。だから私が、私のために生きるのは当然じゃないか!」

私よ、思い出せ。

私のしてきている人生の経験/体験は、私(自我)が選んで、私(自我)のために、してきているよう感じるが、その多くが、生まれ育つ家庭環境に影響されている。
隣の家庭に生れ落ちただけで、私の人生は、まったく違うものになっているのだ。

私のしてきている人生の経験/体験は、私(自我)が選んでいるのだろうか。それとも「自分(自我)で選んでいるつもり(自我意識から生じる錯覚)」なのだろうか。



名無き君個人の人生で見てみてみよう。

君は、どうしてか?わからないけれど、君の家庭に生まれることになった。

そして君は、見た目が残念なことやニキビ顔であったこと、一生懸命に取り組んだ野球にも向いていなかったこともあり劣等感を感じながら生きることになり、マイナスな方向に人生が向かい始め、さらには破滅原則{今さえ良ければ良いんだ/自分さえ良ければ良いんだ/金さえ手に入れば良いんだ}的な生き方にまでなった。

そのため君は、人生にて、とても苦しむことになってきたね。

今の君が、以前の君を見れば「そんな破滅原則的な生き方をしていれば、長期的には自分自身が苦しむことにもなるよ!どうして、そんな、自分が後々苦しむような自虐的な生き方をするの?」と思ってしまうね。
「もっと、自分のことを、大切にしてあげてよ!」とも感じるね。

でも、ついつい、そういった方向に、人生が向かうことになった。


また、君は、自分のやりたい仕事と、育った家庭環境が違ったせいで、自分が子供の頃にもった思い込み・・「人生では、こう生きなければならない!」をアンインストールしなければならなくもなった。
そのこともあり、「やりたい仕事」が出来るまでの期間は、とても苦しむことになったし、心の面と、物理面で、何年も修行期間を積むことになったね。

そういった経緯より君は、

・破滅原則からの脱却
・繁栄原則{正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心}を根付かせる
・自分の信念/価値観を変えていくこと
・自分のセルフイメージ/人生観を変えていくこと

なども、体験/経験せざるをえない人生ともなったね。それらを手探りでやっていく中で、多大な時間がかかったね。


「そう、そうだよ!でも、もう、いいよ。これ以上、いろいろと、したくない。もう疲れたんだ、私は。私はただ、幸せに生きたいだけなんだ。はぁ、もう本当に辛いよ。」

そう感じるよね。

相対性の世界である現実世界の中では、最初から能力の高い人もいるし、育つ家庭環境と「やりたい仕事」が一致するために、自分の信念を変える必要なく、ライフワークを生きることができている人も、たくさんいるね。
また、破滅原則に振れないまま、最初から最後まで、繁栄原則的に生きることで、無駄な苦労をすることなく、楽しく幸せに生きている人もたくさんいる。

そういった人達と比較すると、「どうして私は、無駄に大変な思いをすることになる人生なの?」と嘆きたくもなるよね。
「「やりたい仕事」と育った家庭環境が同じで、破滅原則的になることなく生きていたら、こんなに苦労することもなかったのに!」とも思うよね。

「そうだよ、あぁ、もう面倒くさい。もうこれ以上、いろいろ経験もしたくないし、{経験から学ぶ}などもしたくないよ。もう意味がないから。学んでも・・残りの人生の期間などを考えると。」

うん、うん。そう感じるよね。

だけど、それら君の行っている経験は、良い悪いでもなく、ただあるがまま、真我のままにあり・・君の行っている経験は、君(自我)のためだけにあるわけではなく、自分含め皆のため(真我)にあるんだ。


ちなみに、今回の{悲しく辛い出来事}は、君の劣等感&破滅原則から生じていた【過去のトラウマ&負の世界観】にも原因があるんだよ。
君の表面的な意識は、まだ、そのことに気がついていないようだけどね。

君は今、怒っていて、絶望を感じていて、「自分は悪くない。自分は可愛そうな被害者だ。」と責任転嫁しているから、そのことに、まだ気がついていないようだけど・・

しかし君は、そのうち、自己責任と捉えることになり、自分の内面探求や自己改善を行い「自分の見たくない側面」であり「自分の弱い側面」でもあった【過去のトラウマ&負の世界観】に、向き合うことになっていくであろう。

そして、今まで目をそむけてきた「過去のトラウマを癒す」や「負の世界観を浄化する」などを経験することになっていくであろう。

そしてその後、些細なところから、身近なところから、自分の自覚があるなしに関わらず、無意識レベル含め、その体験/経験を、皆と分かち合うことになるであろう。



君(自我)には自覚がないだろうけれど。
君は、本当の君(自分や皆も含む真我)のために、経験をしているんだ。
そして、それが君(自分や皆も含む真我)にとっての喜びであり、楽しみでもあるんだ。

長期的には、自我ですら、そう感じることになるであろう。
たとえば、死ぬときに「いろいろあったけど、まあ、これはこれで、良かったのかな~」というふうに。


そして、それは、皆が、そうなのだよ。

皆、表面上はどう見えようと、皆のために生きているのだよ。全てが、皆だから。全てが真我だから。

「皆が、皆のために生きている」それを人は ‘愛’ と呼ぶこともある。


私よ、利己心のためだけに生きるのではなく、愛のために生きるのだ。

利己心のためだけに生きるとは、自分のためだけに生きることである。つまり自我のためだけに生きることである。

愛のために生きるとは、自分含め皆のために生きることである。つまり真我のために生きることである。
関連人生の目的と欲の関係/生きる意味とは(2種類の欲{我欲と貢献欲})


自我のために利己心だけで生きれば、私は、長期的には、自分自身が苦しむことになるであろう。

それは破滅原則としても説明できるし、負の世界観としても説明できるし、長期と短期の意味でも説明できるし、人間関係の面でも、愛の面でも説明できることであろう。

★破滅原則→人生の失敗と成功から学ぶ名言(「人生」が教えようとしている‘教え’の本質部分)

★負の世界観→思い込みが激しい!癒しの心理学(世界観の事例と説明と癒し方)

★長期と短期→豊かな人生を生きる指針(ガチョウと黄金の卵)

★人間関係→コミュニケーションの基本は人間性/人格(人間関係と信頼残高)

★愛→見返りを求める愛とは?意味(本当の愛を知る)


そして、真我のために、愛のために生きれば、私は、長期的には、自分自身も救われ幸せになることであろう。

それは繁栄原則としても説明できるし、幸せな世界観としても説明できるし、長期と短期の意味でも説明できるし、人間関係の面でも、愛の面でも説明できることであろう。

★繁栄原則→繁栄原則と破滅原則
★幸せな世界観→世界観を浄化する
★長期と短期→長期的な繁栄/自分磨き
★人間関係→>他人との人間関係
★愛→無償の愛とは?意味(見返りを求める愛と無償の愛の結果の違い)



今回の件からも、短期的には辛いかもしれないが長期的には、君は、なにかしらを学び、それをポジティブな意味あいでの自分への変化へと繋げていくであろう。

そして、そう君が変わることが、周りの人達にも好影響を与えることになるであろう。


人と人は、物理的にも精神的にも繋がっているから、1人の人間の変化は、必ずや、周りに影響を及ぼすことになる。

自我の君は、そのことを「もう、いいよ。めんどくさい。もう嫌だ!」と言う。

そして本当の君(真我)は、そのことを、喜んでいるのだ。


私よ。本質を見るのだ。
現われであり、錯覚にすぎない、自我に囚われることなく、本質(真我)を見るのだ。



③人生の晴れと雨~絶望どん底人生からのやり直し方法~
■目を覚ますと、空は薄っすらと明るくなっている程度であった。まだ、早朝のようだった。

起きる時間ではなかったが、意識が覚めると、いろいろと(マイナスに)考え始めてしまい眠れないのであった。

私は、布団の中で、グチグチと考えてしまうこと自体が辛いために起き上がり、朝のルーティーンを始めた。
布団から出て活動した方が、いろいろと考えすぎなくてすむからであった。


ざぁーーーーー


カーテンをあけると、外は雨であった。


人生では、雨が降ることもある。

私の人生では、長いこと雨が降っていた。

しかしお陰様で、心の仙人/仙女修行心の修練などのお陰で、人生に晴れの日も増えていき始めていた。

絶望感さえ感じていた私の人生も、なんとありがたいことに、好転させることが出来たのであった!


それなのに。
晴れていた時期に比べ、相対的に今、人生で、雨が降っているよう感じられている。

自我での、個我意識での、私からしてみると。
こんな辛く苦しい、逃げ場のない心の痛みを経験しなければならない意味も理由も、さっぱりわからないのであった。

魂がのたうちまわるような、逃避のしようもない苦しみの経験を、している意味も理由も、まったくわからないのであった。

むしろ、悲しみや苦しさや、「やっぱり駄目なのか?」という空しさしかなく、意味や理由を考えることも、もう面倒なのであった。


私が・・私が、心の修行や修練を行っていた理由、モチベーションの1つは、「私は、これで人生が好転し、人生に喜びや幸せが増えた。だから私がもっと修練に励み、それを紹介することで、皆のお役にも立てるはずだ」という想いであった。

しかし、今回、辛い経験をすることになり。
自分がやってきたこと、自分が取り組んでいることが、「正しいことなのか?意味があることなのか?もしかしたら皆の役にも立たないのではないか?」とも思わざるをえなくなった。

そのこともあり今、前向きな気持ちも、頑張る気力も、失ってしまってもいる・・。



ただ、雲の上は、いつも晴れている・・それも事実だ。

肉体と自我意識をもち、地上で人生経験を行っている私からすると、雨の日が続くなかでも雲のうえでは、いつも晴れていることを忘れてしまいがちである。
が、「雲の上は、いつも晴れている」・・それも事実だ。


それと同じく。

肉体と自我意識をもち、現実世界で人生経験を行っている私からすると、雨の日が続くなかでも雲のうえでは・・・自我がいかなる経験/体験をしていようと真我は、いつも晴れていることを忘れてしまいがちであるが、

「雲の上は、いつも晴れている」・・真我は、いつでも晴れていて、愛や喜びに満ちている、、、それも事実なのかもしれない。


私よ、表面上の現れに囚われることなく、その奥にある本質を見るのだ。


人は、愛のために生きる。

愛のために、それが(長期的には)必要であるならば時に人は、自分(自我)を犠牲にしてでも、愛のために・・体験したり経験したりと生きる場合があるのであろうか。
人は、心の痛みを伴うことになろうとも、愛のために、無意識的にソレを選び、経験することになることもあるのか。



私は部屋の窓より、雨に濡れ泣いているようにも見える、この世界を見ながら「未来は誰にもわからない中で、どれだけ自分(真我)を信じてやっていけるか?」と呟いた。

しばらくの後、そのまま視線を上げ、降り止まぬ曇った空を見上げ、こう呟いた。

「私達の人生は、きっと良くなっていく。この世界は、もっと良くなっていく。私はそう、信じている。」



~まとめ~
①絶望どん底人生からのやり直し方法|20代30代40代50代人生やり直す名言/格言
→絶望的な状況や、どん底の状態では、愚痴を言い、投げやりになり、「自分は被害者だ。私は悪くない。悪いのは~~だ」と責任転嫁したくなる。
ときに、イライラし、かと思えば、悲しくなったり、精神も不安定になる。

そんな時に、その感情のままに、「どうせ、私なんか・・」と自分勝手に振舞っていると・・破滅原則的になると、人生が、さらなる悪循環に落ち込む。
そうなると、周りの人には、助けることも出来なくなる。そして当人は、先の見えない闇の中で、もっと苦しむことになる。


だからこそ。
未来を信じて、前向きにとらえること。
繁栄原則{正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心}を忘れないこと。

それが、どんなに辛い状況であろうと、苦しい状況であろうと、前向きに捉えること。

そうすることで、人生の悪循環にはまり込むことなく、人生を好転させていくことができる。


②絶望どん底人生からのやり直し方法|20代30代40代50代人生やり直す名言/格言
→絶対基準なき相対性の世界である現実世界では「幸せかどうか?」も、相対的なものとなりやすい。
関連相対的世界で生きる意味とは?名言(「相対性の罠にハマる」から「相対性の世界で遊ぶ♪」へ)

そのため、過去の幸せ度と、現在の幸せ度を比較し、「自分は今、幸せかどうか?」を確認し感じるところが人間にはある。

だからこそ、人生がどん底だったり、絶望だったりする場合。
そこから、前向きに生きて、少しづつでも{人生の最悪期}から抜け出していくことにより、過去のどん底期と相対的に比べ「まあ、あの頃よりマシだよね。」と、思いやすくなるメリットもある。

幸せ!という感情すら、相対的なものであるため、{人生の最悪期}から心境や状況が、少しでも改善すれば、「あの頃より、マシだよね」と幸せも、感じることができるわけである。


だから、前向きにとらえること。
幸せ!は心が感じる感情であるため、人生が辛くても、前向きに生きて、少しづつでも心境や状況が改善し始めれば、幸せを感じることも、出来始めるから。


③絶望どん底人生からのやり直し方法|20代30代40代50代人生やり直す名言/格言
→利己的にならないこと。

人生が上手くいかないときは、「もう、いいよ!」と、破滅原則{今さえ良ければ良いんだ/自分さえ良ければ良いんだ/金さえ手に入れば良いんだ}的な生き方にもなりやすい。

だが、上手くいかない時に破滅原則的になると、もっと、人生が転落していくことになる。


いついかなる状況であろうと、常に、繁栄原則{正直/誠実/感謝/奉仕/謙虚/良心/他者の幸せを願う心}に忠実であること。

そのことにより、長期的には、自分も、救われていくことにもなるのかもしれない。


④絶望どん底人生からのやり直し方法|20代30代40代50代人生やり直す名言/格言
→焦らないこと。

幸せも、辛さも、それらの感情すらも相対的なものでもあるため、コツコツと前向きに生きていれば、「幸せ」という感情は、人生に少しづつ増えていくことになる。
「あの最悪期よりかは、まあ、マシだよね。」というふうに。

だから、焦らないこと。
そういう意味・・つまり、幸せ!という感情すらも相対的であることを考慮すると、前向きにコツコツと生きることできっと人生は、(絶望的である現在と比べると相対的には)よくなっていくから。


⑤絶望どん底人生からのやり直し方法|20代30代40代50代人生やり直す名言/格言
→誰をも憎まないこと。誰をも責めないこと。

自分も憎まないこと。他人のことも、憎まないこと。

反省は必要だが自分を責めないこと。他人のことも、責めないこと。

自分含め、みんなのことを許すこと。


許すことで、(物理的な時間ではなく)自分の心の中にある{心の時間}が、過去の辛い経験に囚われることなく、前へと、進み始めることになるから。
そのことで、自他ともに、救われることになる。
関連→自分と他人を許す方法(許すー許しを請う(謝る)の関係)


~絶望どん底人生からのやり直し方法|20代30代40代50代人生やり直す名言/格言~
<writer 名無き仙人>





バス男「ほうほう、なるほど。人生に絶望感がある時は、空想世界へと逃避すれば良いのかー!」

バス子「ちゃんと話を聞いておきなさいよ。」

仙人「人生が好転していくことが、絶対的な善であるかどうか?は、ともかく。自己改善に努めることで、人の人生は、好転させていくことが可能なようじゃのぉ。→自己改善の方法(3つのステップ)」







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